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餃子のお供は牛乳がお作法?3世代にわたり愛される焼き餃子の名店。三重〈新味覚〉

日本各地で見つけた餃子専門店。メニューはほぼ餃子と飲み物という店を取材してきました。偶然にも訪れた店のほとんどが、夫婦や家族、親族で営まれています。独りでは生み出せない継承されてきた味。しつこいようですが、餃子は愛なんです。

photo: Masahiro Ota

餃子には牛乳がお作法。3世代にわたり愛される味

新味覚(三重)

開店時間が近づくと駐車場はあっという間に満車になり、店の入口には長蛇の列が現れる。創業時に生み出されたシンプルで食べ飽きない餃子を、変わらずに作り続けて65年。その日に作った分だけを提供し、翌日には持ち越さないため、閉店時間は売り切れ次第。

初代はアイデア豊かな人で、お店のロゴデザインを考えたり、お持ち帰りの箱用にイラストを公募したり、テレビCMに娘を出演させたり。驚くべきは、昭和30年代初期に、餃子を作る機械を開発したこと。2台目の機械が今も一部の工程で使われているが説明は後ほど。

店作りもとてもユニークである。カウンターだけの客席に座ると、すぐに目に入るのが埋め込まれた麻雀牌。お客さんはアガリを考えている間に餃子が焼き上がるという算段だ。麻雀牌を埋め込んだ結果、余った点棒は会計に使われるようになる。餃子1人前をオーダーするごとに(点数は関係なく)1本だ。

お客さんを飽きさせない工夫が、いつしか名物となった。支店を増やした時期もあり、昭和45(1970)年には湯の山温泉の支店が『男はつらいよ』第3作『フーテンの寅』に登場するなど、長い歴史に刻まれたエピソードは数知れず。

2020年7月には建物の老朽化に伴い桑名店が閉店、今では四日市本店のみが残った。そして、同年10月には、2代目の根笹洋海さんから、息子で3代目の川北祐也さんにバトンを渡した。祐也さんはすでに創業から65年の看板の重みを肌で感じ取ってきたのだろう。野球部仕込みの実直さで仕事に向き合っている。

“換気扇は鏡のように磨き込まれて顔が映るくらいでなければならない”という初代の教えは、店内の隅々まで行き渡っている。毎日数え切れないほどの餃子を焼いているのに、客席も厨房も、床から天井までピッカピカなのだ。

メニューは焼き餃子とドリンクのみ。ここのお店で餃子を食べるなら、飲み物は瓶入りの牛乳と決まっている。初代がニンニクの臭い消しにと考案したのが始まりだが、食べてみると相性が抜群に良いことに気がつく。

まず、酢醤油+たっぷりニンニクの入った特製ダレでいただく。ニンニクの鋭い刺激が食欲を掻き立てる。そこで牛乳を飲むと、風味は丸くなり、口の中全体がマイルドに変化していくのだ。満州由来という厚めの皮はもちろん自家製。

三重〈新味覚〉餃子
カウンターには麻雀牌。横一列がテンパイの状態で並べられていて、アガリの牌を考えているうちに餃子が焼き上がってくる。

テイクアウトで生餃子を持ち帰る客には、家で鍋料理に入れる人もいるくらい、しっかりとした生地に仕上がっている。包まれる餡は、特注の豚肉のミンチに、卵、大きめに刻んで食感を残したキャベツに、ニラ、少々のニンニク、甘味を出すためのタマネギ。

特に野菜は季節によってベストなものを各産地から仕入れている。餃子作りの途中で、初代が開発した機械に委ねる工程がある。

でもそれはあくまで生地作りと型抜き、そして出来上がった皮に具材をのせて軽く包むまで。具材の下準備や、仕上げの形作りは一つ一つ手作業にこだわっている。

丸くて分厚い鉄鍋を熱したら、生の餃子を並べて、3分の2くらいがお湯に浸るくらい。蒸し多めに焼き上げる。パリッパリの焼き目と、見た目以上にモチモチとした皮のコントラストに誰もがやみつきになる。サッパリとした野菜多めの餡ということもあり、年配の常連さんはいつも通りに3皿目を平らげ牛乳を流し込んでいた。

三重〈新味覚〉店内
初代の頃からの常連客。いつもオーダーは餃子3人前と牛乳。

焼き餃子1人前8個 420円。(寸)約9cm、(皮)厚、(ヒダ)無、(具)普。