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匠の技で未知の食材に。真珠のごとく磨き上げられた、群馬〈鮨おばな〉の乳白色のイクラ

群馬県館林市。ここに、内陸県でありながら東京の同業者や食通たちがこぞって足を運ぶ〈鮨おばな〉がある。名店も一目置く寿司屋の握りは、どこの流派も継がず、類するものもなく、独創的だ。なかでもそのスタイルを象徴するのが、真珠のごとく磨き上げられたイクラの寿司である。

初出:BRUTUS No.867「おいしい魚が食べたくて。」(2018年4月2日発売)

photo: Kazuharu Igarashi / text: Asuka Ochi

よく見知ったイクラですが、皮を剥く匠の技で未知の食材へ

口にして、味の想像のつかなさに戸惑う。半熟の黄身を濃厚にしたような贅沢な風味が、ねっとりと舌に絡みついてくる。粒は立ち、キラキラと輝くが、プチプチする食感は一切ない。すべてが一体化してとろけてしまう。未体験のイクラだった。

食べられるのは、8月中旬から年末までの約半年。北海道から三陸へと南下する産卵前のサケを追って、その時々で最も状態のいい筋子を仕入れる。筋子は膜を取り除いてばらしてから、さらに水の中でかき混ぜるように優しく揉み洗う。こうすることで、イクラの「薄皮を剥く」のだという。

油分で濁る水をこまめに替えながら、層になった皮をギリギリまで剥がしていくと、透明感のある赤色がほんのり白っぽく染まりだす。鮮度が良くないと皮が硬くなって剥がれないし、やりすぎると水分が入ってしまう。あるところで「手に触れる感触が変わる」という。簡単なようだが、実は魚を扱うプロにさえ、皮を剥ぐのは難しい。そこには素材を見極める目と技術が必要だ。

群馬〈鮨おばな〉店内
大将の技を眺めるカウンターの特等席、全9席。ほか、座敷、テーブル席も。

技を活かす最高の素材のために、群馬から築地へ魚を見に行く

店主の尾花輝さんが修業のため銀座に出たのは1985年。中学校卒業後だった。20歳で館林に戻り店を継ぐが、32歳でこれではダメだと心に思った。それから、とにかく築地に通って、魚に触れ、買って食べて失敗しながら、味を見る目を培った。

群馬〈鮨おばな〉店主・尾花輝のノート
築地に通い始めてから、今も欠かさずつけているノート。もう何十冊にもなる。

素材ごとに用意したノートには、購入日や産地、業者を細かく記録。この時期のここのマグロは良くないとか、サバやコハダを何分何秒締めたかとか、自ら研究を重ね、経験から理想の味を追求した。今も必ず週に何度かは、群馬から始発で築地へ行き、日々変わる魚の状態を自分の目で確認する。

東京にあっても築地に足を運ぶ寿司屋は限られているが、だからこそ“群馬の銀座”と称される尾花さんの元に市場の表には並ばない、銀座の寿司屋も驚くような、いいネタが入ってくる。そして極上の素材には、繊細かつ独創的な仕事が施される。その一貫一貫に、乳白色のイクラのように心躍らせるのだ。

群馬〈鮨おばな〉のイクラ
赤酢のシャリの上で輝くさまは、まるで宝石さながら。粒の中身の味がとろけるように舌に張り付く。素材を探求し、皮が薄く、味の濃い小さめのイクラに辿り着いた。