暮らす人：後藤繁雄（編集者）、後藤渚（動画編集者）
流れ着いた湖畔の地で、小屋を建て、植物と向き合う
後藤繁雄さんと妻の渚さんが静岡県・浜名湖畔に家を建てたのは1年ほど前。この地に縁はなかった。
「僕らは2人とも流れ者の人生を送ってきた。だから見知らぬ場所で暮らす方が、心地いい」
スタジオを兼ねる自宅は、約50㎡の小屋と庭から成る。建物は旧知の建築家ユニットdot architectsが設計。6つの石を置き、スギ材を組み合わせた小屋を載せた簡素な造りだ。小ぶりだけれど、窓は大きく、浜名湖を一望できる。
「きれいでしょ。2人でお酒を飲みながら外を眺めるのが最高の娯楽だから、テレビも要らない」
デッキ越しに浜名湖の対岸までを見通す、窓からの風景。「浜名湖は海と湖の折衷で、どちらの表情も見せてくれる」と後藤さん。さまざまな渡り鳥も集う。「鳥が来るところに悪い場所はない。新鮮な食料が豊富で暮らしやすいということだから」 
庭先の花壇にはよく見ると、各種の石が並べられている。これも後藤さんの昔からのコレクション。「世界中で石を拾い集めていて、デレク・ジャーマンの家の前で拾った石もある」と後藤さん。大型の庭石は、もともとこの土地に置かれていたもの。 
8,190×5,460㎜の一室空間に、キッチン、居間、寝室が収まる。京都の骨董市で見つけた台からネットフリマで買った火鉢まで多様な来歴の調度品が並ぶ。写真右手、円形の絵画は、かつて雑誌『花椿』で協働したデザイナー、仲條正義の作品。 
食卓で楽しむために庭で摘み取ったハーブ。この日はローズマリー、フェンネル、ボリジ、チャービルなどを収穫。ミカンの名産地・三ヶ日の南向き斜面で育っただけあり、いずれも緑鮮やか。室内のそこかしこにも、庭で育てた植物が生けられている。 
後藤さんの手書きノート。植物のリストから温室や花壇の設計図、資材の注文票まで、庭造りにまつわる過程が事細かに記録されている。表紙には「SH 2021 三ヶ日の家にまつわるいろいろ」。なおSHとはSweet Hideaway＝甘い隠れ家の意。 
北側に山が、南に湖が迫るという恵まれた敷地の一角に小屋が佇む。湖に面した道路にガードレールがないことも、この界隈を気に入った理由。敷地にも塀を立てず、砂利とレンガを敷き庭を築くことで境界を設けている。手前は枕木で築いたハーブ園。
家は永遠の仮住まい。だからこそ充実させる
この場所に辿り着くまでには、転居を何度も繰り返した。
「東京ではずっと原宿界隈で、表参道ヒルズにも12年住んだ。そこを出てからは多拠点。群馬県のある町を気に入って4年くらい倉庫のような場所を借りてみたけど、冬が寒くてマイナス15℃になるので諦めた。京都も学生時代からいろいろなところに住んだけど、一番良かったのが築80年の西陣の町家。でも暑いし寒い。それに坪庭では育てられる植物が限られる」
室内から見た水回り。「家の中にお風呂場を造りたくない」という後藤さんの希望も踏まえ母屋とは切り離され、FRP波板とビニール素材で覆った。温暖な気候だからこそ成立する半外部空間だ。バスタブは馬の水飲み用タンクを転用したもの。 
暮らしの中核にあるキッチン。棚には２人で旅先で少しずつ集めたという器が並ぶ。ステンレスの武骨な換気扇の下には酒瓶がずらり。「夕方からはここで、お酒ばかり飲んでます」と渚さん。あまり人は呼ばず、夫婦で過ごすのがもっぱらだそう。
実は後藤さんは生粋の植物好き。「子供の頃から好きだったけど、経験としては園芸研究家の吉谷桂子・博光と90年代初頭、イギリスの庭園を回ったのが大きい」という。とりわけ影響を受けたのが、「3度も通い、生前の本人にも会った」という映画監督デレク・ジャーマンの〈プロスペクト・コテージ〉。
晩年のデレクが築いた幻想的な庭を思いながら造園計画を立て、バラからハーブまで多様な植物を育てている。「植物は環境を気に入れば花を咲かせるけど、その環境に辿り着けるかは運次第。人の暮らしも同じ。しかも永遠にその場所にいられるわけでもない。ならば生きていることを充実させようと」
夫妻にとって家はあくまで仮の場所。自然の営みを見つめながら、軽やかに暮らしを楽しんでいる。
多様な草花で彩られた庭に囲まれて立つ。〈仮の家〉と名づけられたこの家は、6つの基礎石の上に、人力で小屋が組み上げられている。dot architects設計、Dept.施工。 
内観。屋根の形を生かした天井と湖へと開いた開口部に加え、低く抑えられたテーブルや椅子も空間の伸びやかさの要因。カーテンの緑やポスターのグラフィックがアクセントに。
