いりことは、カタクチイワシを煮て、乾燥させた煮干しのこと。18世紀の初めには、瀬戸内海あたりで生産され、江戸時代には今と同じように使われていたといわれます。昔ながらのだしのもとにもかかわらず、料理本で“基本のだし”と謳われているのは、ほとんどがカツオと昆布。
ところがこのいりこだし、味噌汁、うどん、炊き込みご飯や煮物などの和食はもちろん、洋食とも相性良し。しかも、いりこを水につけておくだけの“水だし”にすれば、冷蔵庫の中で数日は、万能だしを常備しておけるのです。
おいしいだしを取るための簡単で大切な「一手間」。
いりこを頭と胴体に分け、はらわたを取り、頭の中からエラを除く。頭や骨からもいいだしが出るので残しておく。これを乾煎りすると、生臭さや苦味がなくなる。お勧めは、1リットルの水に10匹分のいりこをつけるだけの「水だし」。冷蔵庫で1晩置くと、旨味たっぷりの澄んだだしが取れる。
割ってエラとはらわたを取り、焙煎すると格別な味わいに。
さて、次はいりこの選び方。水だし作りにコツなどなく、大切なのはただ一つ、「いい、いりこ」を使うこと。そこで登場するのが、いりこの製造・加工元〈やまくに〉の山下公一さん。
東京では〈d47 design travel store〉や〈FOOD&COMPANY〉などで取り扱いがある〈やまくに〉のいりこは、料理家からの信頼も厚い。香川県観音寺市にある、家族経営の小さな製造元が広く知られるようになったのは、「丁寧な手仕事にとことんこだわったから」と山下さん。
「創業は明治20(1887)年ですが、15年前に組織を清算して、一からスタートして今の形になりました。僕らを再建に導いてくれたのが、かねてご縁のあった料理家の辰巳芳子先生なんです」
山下さんたち家族が辰巳先生から伝授されたのは、いりこの手割りと乾煎りという昔ながらの作業。
「最初は全否定でしたが、先生のやり方を忠実に再現するということで、辰巳式いりこだしの製造を任せてくれました。“辰巳式いりこだしパック”や“パリパリ焙煎いりこ”はうちの大切な商品です」
焙煎したいりこで取っただしには、力強いコクと旨味があり、苦味やえぐ味は一切ない。これで作ったうどんつゆは……、自分を料理上手だと思い込んでしまうほど滋味深い。
「ぜひ一度、銀付きのいりこで引いただしを飲んでみてください。銀付きの漁期は7月、ミズクラゲの群れが発生するわずか2週間のうちです。クラゲがクッションになって、網の摩擦でうろこがはがれることなく掬われたいりこで、脂が少なく身も締まっていて、上品なだしが引けます」
しみじみおいしいいりこだしの味噌汁を一杯飲めば、「なんだか幸せ」と思える。そんな力のある〈やまくに〉のいりこなのです。