ジャン=リュック・ゴダールとクリント・イーストウッド。現役屈指、いや、世界最高の映画作家と言っても過言ではないこの2人は同じ1930年生まれ。そんな2人の主要フィルモグラフィの合間に、お互いの共通点、接点、対立点を織り込んでみると、ちょっとした事実が浮かび上がってきた。「ゴダールは、常にイーストウッドの動向を意識しているが、その逆は見受けられない」という点だ。偏りが見られるこの年表を、ゴダールへの言及も多い音楽家の菊地成孔さんに見ていただいたところ、いくつかの興味深い視座が飛び出した。
「1930年代、つまりニューディールの時代に生まれた人には、ミソジニー(女性嫌悪)が強いという傾向があります。そのミソジニーの出方に差がある、というのが面白いですね。ゴダールもイーストウッドも、長編デビュー作のテーマは“女は怖い。信用できない”ですからね(笑)。特にイーストウッドの『恐怖のメロディ』は、“女のおっかないのが一番怖い”ということを描いた、完全にミソジニーの映画です」
その後、徐々に際立ってくるのがイーストウッドのマッチョぶりである。
「ゴダールはアンナ・カリーナ、イーストウッドはソンドラ・ロックと、自分の彼女をたびたび映画に出演させている点は共通ですが、その扱いは真逆と言ってもいい。イーストウッドはマッチョだから、ソンドラ・ロックとデキても舞い上がったりはしていませんよね。むしろ、映画の中で徹底的に痛めつけている。その点は、ヒッチコックと似ているかもしれない。一方のゴダールは、もう完全に舞い上がっています。特に『女は女である』からは、オタクの熱狂みたいなものを感じずにはいられません。ただしこの作品も見た目はポップですが、1人の女性を2人の男性が共有するっていう、マゾヒスティックな映画ではあります」
ここで浮かび上がってくるのがやはり、ミソジニーという言葉。
「マッチョなアメリカ型と愛人文化のフランス型という、クリシェとも言える国民性に則ったミソジニーを読み取ることができると思います。まあ、同じクラスにいたオタクも映画監督になったし、番長も映画監督になった、とも言えますけれど(笑)。あと彼女といえば、イーストウッドは一時期ジーン・セバーグと付き合っていますよね。そのときにゴダールの話をしたのかな、いや、してないだろうな。へたするとイーストウッドは、ゴダール作品を観ていない可能性がありますからね」
女性との向き合い方、あるいは政治への関心度。同じトピックスにおいて、たびたび正反対のアウトプットを示してきたオタクと番長は、1998年、セザール賞の受賞者とプレゼンターという形で、遂に邂逅の時を迎える。
「Mr.ホンキートンクマン、あなた自身のままでいてください」というゴダールのコメントを、そのときイーストウッドはどんな気持ちで受け止めたのだろうか。
ゴダールとイーストウッドの共通点と対立点
共通点① 誕生
ジャン=リュック・ゴダール
1930年12月3日 フランス・パリで生まれる。
クリント・イーストウッド
1930年5月31日 アメリカ・サンフランシスコで生まれる。
共通点② 後の二人の作風を象徴?
ゴダール
1954年 アルジェリア戦争始まる。ゴダールは徴兵忌避?
イーストウッド
1951年 陸軍に召集され入隊(53年除隊)
共通点③ メジャーデビューも時期が一緒
ゴダール
1959年 『勝手にしやがれ』で長編デビュー
イーストウッド
1959年 テレビ西部劇『ローハイド』出演で人気者に
共通点④ 自分の彼女を出演させる
ゴダール
アンナ・カリーナ出演
1960年 『小さな兵隊』
1961年 『女は女である』
1962年 『女と男のいる舗道』
1964年 『はなればなれに』
1965年 『アルファヴィル』『気狂いピエロ』
1966年 『メイド・イン・USA』
イーストウッド
ソンドラ・ロック出演
1976年 『アウトロー』
1977年 『ガントレット』
1978年『ダーティファイター』
1980年 『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』『ブロンコ・ビリー』
1983年 『ダーティハリー4』
1985年 『世にも不思議なアメージング・ストーリー』
共通点⑤ 音楽担当が一緒
ゴダール
1961年 『女は女である』音楽をミシェル・ルグランが担当
イーストウッド
1973年 『愛のそよ風』音楽をミシェル・ルグランが担当
共通点⑥ 映画製作会社を設立
ゴダール
1964年 『はなればなれに』このとき、映画製作会社アヌーシュカ・フィルム設立。ゴダールの製作会社はその後、ソニマージュ、JLGフィルム、ペリフェリアと変遷していく
イーストウッド
1968年 映画製作会社マルパソ・プロダクション設立
対立点① ドン・シーゲルをゴダールは評価
ゴダール
1966年 『メイド・イン・USA』後にイーストウッドと名コンビを組む映画監督ドン・シーゲルの名を、ジャン=ピエール・レオー演じる人物の役名に使用
イーストウッド
イーストウッドが出演した、ドン・シーゲル監督作品
1968年 『マンハッタン無宿』出演
1971年 『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』
1979年 『アルカトラズからの脱出』
対立点② ゴダールは毛沢東思想に傾斜、一方のイーストウッドは保守を支持
ゴダール
1968年 ベトナム反戦活動開始
イーストウッド
1968年 大統領選で共和党のリチャード・ニクソンを支持
(後のウォーターゲート事件に関してニクソンを批判)
共通点⑦ ジーン・セバーグが出演
ゴダール
1959年 『勝手にしやがれ』
イーストウッド
1969年 『ペンチャー・ワゴン』出演
対立点③ 対照的な政治スタンス
ゴダール
1972年 『ジェーンへの手紙』ベトナム反戦活動を熱心に行っていた女優ジェーン・フォンダを揶揄した作品
イーストウッド
1986年 カリフォルニア州カーメル市市長に当選
共通点⑧ ツンデレ、ここに極まれり!
ゴダール
1998年 セザール賞のプレゼンテーターとして登壇
イーストウッドへ向けて「Be yourself, Mr. Honkytonk Man」とスピーチ
イーストウッド
1998年 セザール賞特別功労賞受賞
共通点⑨ 仲良く同じ映画祭で上映
ゴダール
2010年 『ゴダール・ソシアリスム』ニューヨーク映画祭で上映
イーストウッド
2010年 『ヒア アフター』ニューヨーク映画祭で上映