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肌で感じる江戸〜昭和の文化。東銀座には活版、歌舞伎、映画、音楽を守る人たちがいる

ここは東銀座の木挽町通り界隈。古くからの文化を継承する店や施設が多い。中でも歌舞伎座や松竹を中心とした舞台、芸能、映画、音楽など、場所柄とも言えるお店や施設が点在する。その中からとっておきの5軒で、文化を継承する人たちに出会った。

photo: Asuka Ito

シェルマン アートワークス(蓄音機・SP盤専門店)

完動品の蓄音機から体感する、
時空を超えた美しい空気の震え

昨今ブームとなっているLPレコード以前、人々は電気を使わない装置で音楽を聴いていた。1877年にアメリカで、円筒型の蓄音機をあのトーマス・エジソンが発明。その後、円盤型のSP(Standard Playing)盤が登場した。ここ〈シェルマン アートワークス〉は、程度の良いSP盤と、オーバーホールされ、しっかりと音が出る蓄音機を1年保証付きで売る珍しい店だ。

SP盤に刻まれた音の振動は針を通じて取り出され、増幅し、ホーンを通じて届けられる。動力は手動のぜんまいで、音量の調整もなし。非常にシンプルながら、録音された時代の空気を肌で感じているかのような、異次元の体験ができる。

蓄音機は常時30台ほどを在庫していて、コンパクトなもので10万円台から上は600万円ほどの最高級機まで。SP盤は3000枚ほど在庫し、7割がクラシック、残り3割がジャズとポピュラーミュージックといった品揃えだ。昭和46年の創業時はアンティーク全般を扱う店からスタートし、専門店化した経緯もあり、名残としてアール・デコのフィギュアやランプなども扱っている。

シェルマン アートワークスの八重樫さん
蓄音機の修理や整備も行う、スタッフの八重樫素久さん。「東銀座は流行に左右されることのない、独特な時間の流れがあるような気がします」。

公益財団法人 松竹大谷図書館(演劇・映画の専門図書館)

専門司書が的確なアドバイスをくれる、
演劇と映画の関連資料の図書館

昭和31年、松竹の創業者の一人によって創立された図書館。脚本や戯曲を重んずる会社だけに、小津安二郎映画のシナリオや、戦前の歌舞伎の筋書など紙資料を中心に50万点、写真資料も26万点以上を所蔵する。閉架式ではあるが、中規模図書館以上の蔵書を誇っている。

パソコンによる検索システムもあるが、今では珍しくなったカード目録での検索精度が素晴らしく、ウェブのタグ付けのように「タイトル」「著者」「テーマ」「ジャンル」それぞれで調べることができるようになっている。必要事項を「資料請求票」に記入したらカウンターに提出して当該資料を閲覧できるというシステムだ。

壁に張り出された大入袋
歌舞伎関係者からの依頼で調べ物をすることも多く、公演で大入りが出た際には、この通り、図書館にも喜びが。

映画、演劇の関係者やファン、研究者などが訪れ、一般に出回らない台本を読んだり、ジャニーズ公演のプログラムを見るなど、来館の目的も様々だ。この図書館では、歌舞伎公演にまつわる調べ物なども担ったりするほど、専門知識豊富な司書たちが常駐しているので、積極的に質問してみることをおすすめしたい。

中村活字(活版印刷)

印刷業者が集まる木挽町で、
活版印刷を守り続けて112年

その昔、今の東銀座には印刷屋さんがたくさんあった。〈中村活字〉は活版印刷を生業に「木挽町」と呼ばれた時代、そして昭和26〜44年の「銀座東」という町名だった時代もずっとここにあった。店内に入るとまず目につくのは、年季の入った板張りの床と、棚にズラッと並ぶ引き戸。この中には、明朝体、ゴシック体、楷書体のさまざまな級数(文字の大きさ)の活字が収納されている。

そもそも活版印刷は職人さんの世界。印刷するものが決まったら、活字を拾って、活字を組み(レイアウト)、印刷し、バラす。組版にインクをのせたら、圧をかけて紙に印刷する。非常にシンプルだけど、実に奥深い世界。美しい文字や、紙の手触りなどは、今の印刷にはない特別な味わいだ。

活字印刷の名残は今の世の中にも残っていて、日本語の基準となる級数は10.5ポイントだし、「〓(ゲタ)を履かせる」の語源も活版印刷からと、社長の中村明久さんは優しく教えてくれる。最近では名刺やレターヘッドの注文が中心だそう。通常の名刺で、100枚9000円(税別)から。名刺交換の機会が減っている今だからこそ、特別なものを持って印象を残したい。

シネマミュージアム(映画チラシ通販)

映画のチラシばかり扱って半世紀以上。
通販主体の知る人ぞ知る専門店

シネマミュージアム店主
2代目の嶋川直宏さん。「木挽町の裏通りは下町そのものですよ。銀座のど真ん中から、昭和通りを渡ってきたら別世界だよね」と語る。

映画館に行くと必ず置いてあるB5サイズのチラシ。新旧の映画宣伝チラシを扱うマニア向けの店がある。しかしここは言うなれば倉庫。よっぽど長年の常連さん以外、接客はお断り。基本的にはweb販売主体で商いを続ける映画宣伝チラシ専門店が〈シネマミュージアム〉だ。

創業はもはやハッキリしないというが、先代が勤めていた映画会社「20世紀FOX」の宣伝部に端を発するという。半世紀ほど前に築地警察近くで始めて依頼、ずっと木挽町だという。そもそも映画チラシにも収集ブームがあり、第1次が1973年あたり。第2次は1980年代半ば。

コレクターの収集対象は広い。1作品で数種類のチラシを作るケースもあり、「通常版」「地方版」「上映館名入り」、チケット前売り購入や映画館入場時などに配られた「限定版」など多岐にわたる。ホラーやアベンジャーズもの、韓流、アダルトなどジャンルで集める人も多いのだとか。

お店には一部お客さんからの委託品も扱っているという。仕入れは買い取り。注文が来たら、厚紙に挟んで袋に入れて発送する。シワや折れがあったら商品価値が下がるので、神経を使う仕事だ。どのチラシが、どのあたりに積んであるか、代替技術頭に入っているというが、まれに1枚50円のチラシを半日かけて探すこともあるそう。それでも二代目店主の嶋川直宏さんは、お客さんのために今日も奮闘している。

木挽堂書店(歌舞伎・映画・演劇専門古書店)

歌舞伎・演劇の特化した古書店。
劇評文化の火を絶やさない活動を

歌舞伎座に寄り添うような場所にあり、営業時間も歌舞伎の上演がある日だけ。元々は昭和通りの方に「奥村書店」という古書全般を扱うお店があったが、2007年に独立する形で、歌舞伎、文楽、古い日本映画などを扱う専門古書店としてスタート。

ここ〈木挽堂書店〉は歌舞伎ファンにはちょっと知られた存在で、書籍以外にも浮世絵、写真、歌舞伎にまつわるいろいろを扱う。値段的には比較的買いやすい価格帯のものばかりで、古くは江戸時代のものから、現代のものまでという品揃え。なにせこの内観を見れば分かる通り、宝探し感覚である。なぜか大きな地震が来てもなかなかな崩れないが、お客さんが触った瞬間にドサッと崩れることもあると、店主の小林順一さんはニコニコ話す。

木挽堂書店店主小林さん
堆く積まれたお宝の向こうが、店主の小林順一さんの定位置。語り口は淡々としているが、歌舞伎に対する想いは熱い。

60年近く続いた歌舞伎雑誌『演劇界』が2022年3月に休刊したのを受け、自ら復刊までの“つなぎ”として劇評だけを扱う小冊子、その名も『劇評』を立ち上げたという。この考えに賛同するジャーナリストや学者などが執筆陣に名前を連ねる。文化はこうして繋がれていく。