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世界の地政学&国際関係リスク Vol.9「中東新秩序」

特集「大人になっても学びたい!」に掲載した八田百合による特別授業「地政学から近未来を予測するリスク管理スキル」の拡大版!

世界中あらゆる地域で起こる紛争やその火種の中から、ビジネスに大きな影響を及ぼすリスクを10個ピックアップ。本誌では紹介しきれなかった、これらのリスクの概要と今後の見通しについて解説します。

text: BRUTUS

グローバル化していくビジネスにおいて、国際情勢を読み解くスキルは必須。ここでは、日本のビジネスにも影響の大きそうな、世界の主なリスクを挙げ、その概要と今後の見通しを学んでみる。教えてくれるのは人気コミック『紛争でしたら八田まで』の監修を手がける川口貴久さんが所属する東京海上ディーアールの方々です。

中東新秩序

2023年3月、2016年から断交状態にあったサウジアラビアとイランが国交正常化に合意したことを発表した。さらに8月、サウジアラビアとイランがUAEやエジプト等と共にロシア・中国が加盟しているBRICSに加盟することが発表された。いずれも中国が主導したとされる。

かつて中東地域で影響力を誇っていたのは米国であったが、オバマ政権以降は中東離れが進んだ。湾岸地域における米国の安全保障上の影響力はいまだ残るとされるものの、中国が存在感を増しており、今次国交正常化はまさに中東の勢力図変化を世界に印象付けた。

一方、今次合意については、履行に懐疑的な見方もあるものの、中東地域で長く続いていた緊張状態を緩和させていくとの期待が強い。例えばイランは以前からUAEやクウェートとの関係改善にも動いていたが、今次合意によりサウジアラビアとイランの代理戦争の様相を呈していたイエメン内戦やシリア内戦においても、サウジアラビアとイエメンの反政府勢力との会談やサウジアラビアとシリアの国交正常化合意がなされており、このままいけば中東情勢は安定に向かうことが予想される。

しかし、今後の中東秩序については懸念も残る。第一に、中東地域へのロシア・中国の接近による世界の分断の深刻化だ。ロシアのウクライナ侵攻により、米欧諸国とロシアの対立は一層深刻化、また米中対立も加速しているような状況であり、そこに今次合意への仲介やBRICS加盟国の拡大がなされており、ロシア・中国が中東諸国と関係を強くしているのは明らかである。

中東諸国と米欧諸国の関係性が薄いままであれば、対立状態をそのままに中東諸国がロシア・中国側に接近する形となるだろう。

第2に、中東地域の資源輸出戦略に対するロシア・中国の影響力拡大だ。例えば原油の生産シェアは中東地域33.3%、ロシア13.1%(2022年)と、中東地域とロシアで半分近くを占めているが、日本の輸入の約95%(2023年7月)は中東地域に依存している。中東地域の資源輸出戦略に影響があれば、日本のエネルギー事情にもその影響が反映される可能性は否定できない。

米欧諸国、そして日本は現状を踏まえて中東諸国との関係性を再度構築していく必要があるが、ロシア・中国が構築した関係性を短期的に覆すことは困難であろう。バイデン政権もサウジアラビアとイスラエルの国交正常化に向け動き出しているが、中東地域における米国のプレゼンス回復は少なくともここ数年は難しいとみられる。(袈裟丸親弘/東京海上ディーアール)