グローバル化していくビジネスにおいて、国際情勢を読み解くスキルは必須。ここでは、日本のビジネスにも影響の大きそうな、世界の主なリスクを挙げ、その概要と今後の見通しを学んでみる。教えてくれるのは人気コミック『紛争でしたら八田まで』の監修を手がける川口貴久さんが所属する東京海上ディーアールの方々です。
台湾海峡有事
ここ数年、日本企業の間で台湾有事への懸念が急速に高まっている。その端緒は2021年3月、米インド太平洋軍のデビッドソン司令官(当時)が議会で、中国の台湾侵攻に関する「脅威は今後10年以内、実際は今後6年以内に明らかになる」と述べたことだ。そして、多くの予想に反したロシア・プーチン政権によるウクライナ全面侵攻(22年2月~)は、中台危機への懸念を加速させている。
「台湾有事」といっても想定される事態や深刻度は多様だ。無数の有事の端緒、過程、結果が存在するものの、多くの専門家の分析や評価を踏まえると、台湾有事のシナリオは(1)台湾島への「全面侵攻」、(2)台湾島以外の「島嶼制圧」、(3)武力攻撃を排除した「グレーゾーンでの統一」に整理できる。
「全面侵攻」はウクライナ戦争等を念頭に多くの人々がイメージするもので、いわゆる「ワーストシナリオ」である。数十万単位の人民解放軍が海峡を越え大陸から台湾島内に侵攻・占領する。しかし、現時点で人民解放軍はそのような侵攻能力を確立していない、というのが多くの日米の専門家の見立てだ(ただし、そうした能力は将来的に高まるだろう)。仮に占領が成功しても、中国にとっても尋常ではない被害・悪影響が見込まれる。
「島嶼制圧」とは、台湾が実効支配する東沙諸島、南沙諸島の太平島、福建省に近い金門島・馬祖列島等を占拠することだ。しかし、このシナリオも現実的ではない。島嶼部への侵攻・制圧は国際社会から厳しい経済制裁を引き起こし、割に合うものではないだろう。
「グレーゾーン」は純然たる有事(黒)でも平時(白)でもない事態を指し、現時点で3つのシナリオの中で最も蓋然性のあるシナリオだ。ただし、グレーゾーンには「濃淡」がある。「白」に近いグレーは偽情報流布、台湾内の親大陸派への支援、対中依存度の高い物資の輸出入制限(いわゆる、「経済的威圧」)等で、既に日常的に確認されている。
他方、「黒」に近いグレー、すなわち重要インフラの機能を停止させる破壊的サイバー攻撃、台湾の要人暗殺・ゲリラ活動、海上封鎖(その名称が「検疫」「税務調査」等、何であれ)は本格有事に近い。
時間経過が台湾有事のリスクを高めるかは専門家でも意見が分かれる。中長期的には人民解放軍の能力向上が見込まれるが、米軍も西太平洋地域への軍備増強による巻き返しを図る。危機は迫っている、という分析もある。
ある米国の専門家らは、2020年代こそが米中間の競争(軍事的競争を含む)が最高潮に達する「デンジャーゾーン」の時代だという。なぜなら、20年代は中国共産党指導部が人口のピークアウトや経済成長の鈍化に直面し、「時間は自分に味方してくれている」という確信を失いつつある時期で、指導部を冒険主義的行動に駆り立てるからだ。(川口貴久/東京海上ディーアール)