グローバル化していくビジネスにおいて、国際情勢を読み解くスキルは必須。ここでは、日本のビジネスにも影響の大きそうな、世界の主なリスクを挙げ、その概要と今後の見通しを学んでみる。教えてくれるのは人気コミック『紛争でしたら八田まで』の監修を手がける川口貴久さんが所属する東京海上ディーアールの方々です。
中国経済の不透明性:現在と将来の間で揺れる経済政策
自己資本比率▲25.4%(2022年12月決算時の数値、以降同様)。通常であれば事業の継続を断念し、事業清算等も選択肢に入るような財務状況だ。にもかかわらず、存続はもちろん上場すら継続している企業がある。中国の不動産大手・中国恒大集団だ。
中国不動産市況悪化の代名詞ともいえる恒大集団は、何故このような財務状況でも存続できるのか。その理由は恒大集団の負債構成にある。恒大集団の抱える有利子負債(社債や借入金)は約6000億元(約12兆円)にも及ぶ。途方もない金額だが、それを上回る約7000億元(約14兆円)計上されているのが契約負債だ。契約負債は簡単に言えば恒大集団の不動産の購入者が支払った前払い金である。
従って、恒大集団が破綻した際の影響は金融機関以上に不動産を購入した一般市民が被ることとなる。かかる状況は中国政府としても看過できず、恒大集団はその意図によって生かされ続けているというのが大勢の見方だ。
そもそも中国の不動産市況がここまで悪化した要因も政策によるところが大きい。不動産市況の過熱、住宅価格の高騰を危惧した政府は沈静化を図るべく2020年に「三道紅線(3つのレッドライン)」と呼ばれる規制を導入した。
これは一定以上の財務健全性を担保していない不動産事業者に対しての融資を禁止するものである。結果、不動産市況は転げ落ちるかのように急速に悪化した。
そして現在、中国では、不動産だけでなく国内消費・輸出ともに低迷し経済全体が減速している。経済を悪化させたのが政府であるならば、救い手として期待されているのも政府だ。過去、中国政府は、金融政策はもちろん積極的な財政政策で不況を打破してきた。
リーマンショック時の約4兆元に始まり、2015〜16年の約2兆元、COVID-19の際にも約1兆元とその額は途方もない。しかし、今回の不況では現在までのところ政策金利引き下げ等の金融政策はあったものの、財政出動には大規模なものは見当たらない。
中国政府が大規模な財政政策をためらう理由には、過去の財政政策による債務の膨張に歯止めをかけたいという思惑ももちろんある。しかし、最近の政府動向を見るとそれだけではなく、不動産に過度に依存した産業構造の転換を果たしたいという意図も垣間見える。
すなわち、2021年の全国人民代表大会で発表された「デジタル・チャイナ」構想に示される半導体やAI・ビッグデータ等の技術大国への転換である。財政出動による不動産業界の下支えはその転換に逆行するものとなる。
しかし産業構造の転換には痛みも伴う。「目の前の経済状況悪化」と「債務膨張の抑制・産業構造の転換」の2つのトレードオフの間で政府は難しい判断を迫られていることは間違いない。若年失業率が20%を超えているとされる経済状況の悪化を放置すれば、習近平政権のアキレス腱ともなりかねない。今後の中国経済、そして経済政策の行方に注視が必要である。(柴田慎士/東京海上ディーアール)