グローバル化していくビジネスにおいて、国際情勢を読み解くスキルは必須。ここでは、日本のビジネスにも影響の大きそうな、世界の主なリスクを挙げ、その概要と今後の見通しを学んでみる。教えてくれるのは人気コミック『紛争でしたら八田まで』の監修を手がける川口貴久さんが所属する東京海上ディーアールの方々です。
分断が加速する米国社会
2024年11月の米国大統領選挙が迫る中、誰が勝者となるかはいまだ見通せない。しかし、民主・共和党内の有力大統領候補の状況や直近の世論調査をふまえると、24年米大統領選においてもバイデン現大統領とトランプ前大統領の一騎打ちとなる可能性が高いといえる。
トランプ政権下での政治・社会的混乱は米国国内のみならず国際情勢に多大な影響を与え、トランプ氏が再選されるのかに注目が集まっているが、仮にバイデン氏が再選したとしても米国社会の分断は癒えないだろう。それは急に始まったものではなく、長い時間をかけてゆっくりと進んできたものであるからだ。
米国社会分断の構造的な原因は白人労働者層の地位の低下である。かつて米国経済をけん引した製造業は衰退し、旧工業都市群の白人労働者層は高い失業率と治安の悪化に悩まされている。また、ヒスパニック系・黒人住民の増加・出生率の高さによって、白人住民の多くは人口的少数派転落への恐怖を感じている。
このような白人層の疎外感と不満に寄り添ったのがトランプ前大統領であり、強固な支持基盤を獲得するに至った。一方、かつては労働組合を支持基盤とし白人労働者の声を国政に反映していた民主党は彼らを「裏切り」、政策をリベラル化させたことでその支持基盤を移民や有色人種に移すことになった。
更に社会の分断を深化させたのが社会属性に基づく政党支持の固定化である。農村部・工業地域に居住し、キリスト教を信仰し、ブルーカラー労働に従事する白人が共和党を支持する一方、都市部に居住し、非キリスト教を信仰もしくは信仰する宗教を持たず、ホワイトカラー労働に従事する有色人種が民主党を支持するようになり、支持政党が二分された。
結果、有権者が政策ではなく自身のアイデンティティに基づいて投票先を決める傾向が従来よりも強まっている。属性に基づいて投票先が固定化した場合、多数派の属性の人々が選挙で勝利し続けることとなり、少数派は選挙制度を通じた意見の反映を諦めてテロやクーデターといった非民主的手段を選びやすくなる。その先にあるのは民主主義体制の衰退と混沌である。
21年1月6日に発生した米連邦議会議事堂襲撃事件はまさにその嚆矢といえる。20年にはミシガン州知事襲撃を企てたとして武装集団が検挙された。内戦の研究で知られる米カリフォルニア大サンディエゴ校政治学教授のバーバラ・F・ウォルターは米国における社会分断、民衆の武装化、SNSによる扇動によって、米国民同士のテロ攻撃の激化、更には「内戦」の危険すら現実的になってきたと警鐘を鳴らす。
国内の混乱は米国の対外コミットメント減少を招き、国際政治におけるパワーバランスを大きく変動させる。保護貿易政策の強化、在外米軍削減を含む在外軍事関与の低下も想定される。(八代慈瑛/東京海上ディーアール)