現代のオーラルヒストリーがここに
生涯年収4.6億円を捨てた東大卒のエリート、複数の男性を同時に愛するポリアモリーの女性、妻がホストにハマり多額の借金を抱えてしまった男性、極貧生活のどん底から起業し成功したシングルマザー……。どんな人にもドラマがある。
民俗学者の宮本常一は、市井の人々のドラマの積み重ねが人間の歴史であると考え、日本全国を訪ね歩き、その地で生活する人々の人生をインタビューし続けた。ジャーナリストのスタッズ・ターケルは、墓掘り人から大学教授までありとあらゆる職業の人々の人生をインタビューし、現代社会の姿を浮き彫りにした。
『街録ch−あなたの人生、教えてください』と題した街頭インタビューを毎日1本YouTubeにアップする三谷三四郎さんは、現代に生きる人々のリアルなオーラルヒストリーを紡いでいる。彼こそ、現代の宮本常一であり、スタッズ・ターケルである、なんて言ったら言いすぎだろうか。
すると彼は、「その2人とも僕は知らないです」と笑った。「ただ、2020年の3月8日に取材を開始、翌9日からアップを始めて1年経ち、今まで200人以上の人生を聞きましたが、やっぱ誰もが物語を持ってるし、それを聞くのが本当に面白いんです」。しかし、毎日30分近くのインタビューを1本作るのは大変ではないかと聞くと、「テレビに比べれば全然。テレビ時代は1日22時間働いてましたから(笑)」。
元フリーランスのテレビディレクター。大学卒業後、バラエティ番組に携わりたいとテレビ業界へ。『笑っていいとも!』でAD修業を積み、ディレクターになってからは、『さまぁ〜ずの神ギ問』や『有吉ジャポン』など11年にわたりさまざまな番組に携わった。ちなみに、“地獄の”AD時代、『いいとも!』のテレフォンショッキング中に自身の携帯電話を鳴らしてしまったことも。
「1時間の番組であればそのうちの15分のVTRを担当したり、特番であれば細かいコーナーの担当をしたり。ダウンタウンさんの『笑ってはいけない』を1コーナー担当したこともあるんです。でも、いろんな番組に関わったところで、結局、自分に権限がないから自由に作れる場所がない。唯一、そういった縛りが緩かった番組が、東野幸治さんがMCだった『その他の人に会ってみた』。
街中で見つけた一般の人たちの話を聞いてまとめるもので、以前から街頭インタビュー系は得意分野。めちゃめちゃ楽しくて、仕事をするうえで唯一の心のオアシスになってたんです。でも1年で番組が終わってしまい、楽しみがなくなってしまった。だったら自分でやろうかなと」
人生を語る人間が面白い
もともとYouTubeには興味があった。自分のメディアで、自由に作れるのはうらやましく思っていた。
「誰かのチェックを受けるわけでも直しを入れられるわけでもない。人選も自分で決められる。こんなに楽しいことはないなって。登録者数が1000人もいない頃から、好きこそものの上手なれじゃないけれど、これは一生楽しく続けられるなと。10年20年続けることで時代を振り返るアーカイブにもなるだろうし、何かがわかるかもしれないなって」
最初は新宿の路上で絵を売る人やダンスを踊っている人、ホストなどに声をかけることから始めたという。
「でも、僕、怪しいじゃないですか。YouTubeでインタビューお願いしますと言って立ち止まってくれる人なんてほぼいない。ツイッターやインスタで興味のある人に話を聞かせてほしいとDMを送っても、10人声をかけて1人返ってくればいい方」
それでもめげずに前進したのは、「オチを求めない楽しさ」があったから。オチのない余談の中にこそ「面白さ」があり「真理」は潜んでいる、と確信したからだった。
「テレビでよく言われたのは“オチがないとダメだ”ということ。でもそれにはずっと違和感があったんです。世の中にはオチなんてなくても面白い話はいっぱいあるし、そもそも一般の人はお笑いのプロではない。作ってる僕らも芸人ではない。なのになぜ面白おかしいオチをつけなきゃいけないのかなって」
ゆえに取材は“ガチ”。取材対象と事前打ち合わせも一切せず、台本ももちろんない。出たとこ勝負だ。
「集合場所だけ伝えて来てもらって、何をやってる人なんですか? という質問から始めて、どこで生まれて、どういう家庭環境で育ったのかを聞いていく。だから、僕もその人のことを事前に調べないようにしてるんです。有名人じゃないと調べようもないし、SNSでオファーする場合、プロフィールで気になった人だけを選んでいるので、それ以外のことは一切調べません。会って、話を聞く。1時間2時間話を聞けば、だいたい面白い話って聞けるんです」
そして、会った瞬間からカメラを回すのも彼の手法だ。それはテレビ時代に編み出した方法だという。
「声をかけた瞬間の顔が面白かったりするんです。“すみません”と声をかけた時の反応に人となりが出るというか。ただ、テレビの手法が生かせるのはそのくらい。最初のうちはテレビっぽい映像作りをしてました。テレビ的なテロップを入れてみたり、めんどくさいエフェクトを使ってみたり。ある時、疲れてそれをやめたことがあったんですが、再生回数がまったく変わらない。意味ないなって(笑)。
出てる人の話が面白ければみんな観てくれるんです。とにかく、毎日投稿するから、日々トライ&エラーができるのも勉強になるし、視聴者の声がダイレクトにすぐわかるのもいい。初月は30本インタビューを上げて収益1万円でしたけど、やればやるほど続けたい気持ちがどんどん強くなっていく。だから、最初のうちは貯金を切り崩しながらでした。妻に内緒で(笑)」
現在の登録者数は24万8000人(2021年4月現在)。爆発的に増えたのは2020年9月。かつて「心のオアシス」だった番組のMC、東野幸治さんのインタビューが実現した時だった。
「ようやく1万人の大台が見えてきた頃、東野さんのインスタに“お話を聞かせてください”とDMを送ってみたんです。僕を覚えてるかなって。すると“全然ええよ。応援するよ”と」
東野さんが今まであまり語ることのなかった若手極貧時代や結婚秘話、両親の話は大きな反響を呼んだ。
「ノーギャラで引き受けてくれたんです。東野さんにメリットなんて何もないのに。今、吉本興業の中尾班とコラボして、くすぶっている中堅芸人さんのインタビューをさせてもらっているのは、その時の恩返し。少しでも応援できればいいなって」
そして、東野さんと同タイミングで敬愛するミュージシャン・大森靖子さんに主題歌を依頼、大森さんが二つ返事で引き受けてくれたことも大きな転機だったと三谷さんは言う。
「テレビディレクター時代、大森さんの歌は僕の心の支え。彼女の歌で“死ねば死ぬほど生きられる現代”という一節があるんですが、テレビの現場に感じていた不満の正体を可視化してくれたんです。大森さんの歌に出会わなければ、こんな活動はしていない。東野さんと大森さんに人生狂わされました、いい意味で」
最近は、「話を聞いてもらいたい」というオファーが絶えず、取材対象を探す苦労が少し減ったという。
「僕に話をすることで自分の人生を納得したい、肯定されたいと思う人が多いのかなって。つい最近、“彼氏の会社を買収したくて自分の会社を始めた”という20代の女の子の話を聞いたんです。“大好きだからずっと一緒にいたくて”って。そんなの、想像もつかない話じゃないですか(笑)。ウソかホントかじゃなく、そういう物語を語る人間が面白いなってつくづく思うんです」