2024年1月に『少年ジャンプ+』(集英社)で連載が開始して以来、各所で話題を読んでいる漫画『ふつうの軽音部』(原作:クワハリ、漫画:出内テツオ)。先日、「次にくるマンガ大賞2024」Webマンガ部門1位を受賞した、今年の最注目作だ。
物語の舞台は高校の軽音楽部。新1年生でバンド初心者の主人公・鳩野ちひろを中心に、高校生たちの部活や友情などの人間模様を描いている。軽音部を舞台にした漫画は数多いが、この漫画の特徴は、登場人物たちがプロデビューやコンテストでの優勝を目指すわけではなく、何か劇的な事件が起きるわけではなく、しかし、ほのぼのとしたあるあるネタを描くだけでもないところ。高校生活の細かい出来事に潜む人間ドラマにフォーカスした群像劇が、多くのファンを夢中にさせているのだ。
今回は単行本4巻の発売を記念して、そんなファンの一人であるミュージシャンのキタニタツヤが、『ふつうの軽音部』の原作を担当するクワハリと対談。自らも軽音部出身のミュージシャンとして、大の漫画好きとして、一ファンとして、『ふつうの軽音部』の「ふつう」でない魅力を探っていく。
※この記事は単行本4巻に収録されている内容を含みます。まだお読みでない方はご注意ください。
妙にリアルな人間ドラマに惹かれる
キタニタツヤ
『ふつうの軽音部』はミュージシャン仲間の多くがSNSで話題にしていたこともあって、自分も1話から読んでいました。でも、最初の3話くらいまでは、正直、恥ずかしくて恥ずかしくて……(笑)。
クワハリ
よく言われます(笑)。
キタニ
出てくるバンド名とか曲名がいやにリアルだなと(笑)。ギターが上手い子が「おしゃかしゃま」(RADWIMPS)のイントロのギターを弾いている感じとか。主人公の鳩野が「志村ボーカル時代のフジファブリックが……」と言うシーンとか……。自分が高校生だった頃をめちゃめちゃ思い出すんですよ。失礼ですけど、クワハリ先生は年齢は公表されているんですか?
クワハリ
僕は今38歳なんですけど、自分よりもちょっと下の世代のバンドが出てくることが多いですね。ちょうどキタニさんくらいの年齢の方がリアルタイム性を強く感じるんじゃないかと思います。自分はずっと邦ロックが好きで聴いているので、そうなるのかもしれません。
キタニ
そうか。じゃあリアルに感じるのは、僕の世代に限ったことじゃないですね。軽音楽部、邦楽のロックを通ってきた人間はみんな「俺の世代だ……!」って(笑)。その絶妙さがちょっとこそばゆく、恥ずかしかったんです。でも「これはきっと面白くなる」と思ってずっと読んでいました。
「バンドもの」って、「メジャーデビューを目指す」とか「オリジナル曲を作る」みたいな熱さを持ったものはこれまでも名作がたくさんあったと思うんですけど、『ふつうの軽音部』は妙にリアルな人間関係に焦点が当たっているのが、すごく面白いと思っていて。
キタニ
だから、バンド漫画を読む気持ちではあまりなく、人間ドラマというか。日常系漫画ほど進まなくはないけど、展開はかなりゆっくり。バンドを組むまでに何話使っているんだと(笑)。これから本当に、どうなるんですか?
クワハリ
まず自分が、早々にバンドを組んでステップアップしていくようなバンド漫画を面白く描ける自信がなくて。バンドが解散したり、メンバーを見つけていったりするのが面白いなと。基本的には今後も、こぢんまりとした規模の小さい戦いというか、青春というか、そういうのを描きたいと思っています。
キタニ
一方で、誰もいない夜の視聴覚室で鳩野が一人で歌うシーンでは、急に少年漫画的な熱さもある。最初はどう読んでいいか戸惑うところもありましたが、途中から、これは『ふつうの軽音部』というジャンルだから、これに振り回されたらいいんだなと思って(笑)。こういう漫画は今まで読んだことがなかったです。
クワハリ先生は、いつも静かに人間を見つめている?
クワハリ
オリジナル曲がまだ登場していないのは、自分の好きな楽曲を紹介したくて、そこからドラマを作っている部分があるからかもしれません。でも今後描いていく中で、オリジナル曲も出てくるかもしれませんね。
キタニ
本当に、先の展開は考えずに描いているんですね。
クワハリ
適当に作っていて……(笑)。キャラが動き出すというと、偉そうなんですけど。
キタニ
そこはクワハリ先生自身の普段の洞察からくるものなのかなと。僕、クワハリ先生が書いたnoteの記事を読んだんですよ。記事が2本だけ上がっていて。
クワハリ
うわ、恥ずかしいですそれは……。
キタニ
「ランチパックを100種類食べる」というのと、「東海道を歩いてみる」といってめっちゃ序盤の方で終わっているのがあって(笑)。めちゃめちゃ面白くて。こういうことをずっと静かに考えている人だったら、これだけたくさんの登場人物をそれぞれに納得のいくリアリティを持たせて動かすということができるんだろうなと。静かに人間を見続けているというか。すごく納得しました。これからどんな漫画を描いても、人間の「ああ……!」っていうリアルなところが、肝になっていくのかなって。
クワハリ
キタニさんはXで、僕のめっちゃしょうもないポストにいいねしてくれて(笑)。『ふつうの軽音部』関連じゃなくて、本当にどうでもいいことに。
キタニ
19話で鳩野が弾き語りの練習をしているときに、中学の同級生のすごくキラキラした子が声をかけてくるシーン。その子と別れたあとに、鳩野が「多分あいつは私のことナメてるな……」って闘争心を燃やすシーンで、ちょっと泣いちゃったんですよね。ここまで描いてくれるんだとも思ったし。本当に嬉しかった。
クワハリ
あのシーンは何も意識せずに描いたんですけど、読者から「鳩野がナメられていることを自覚していて、ストレスがなくていい」という反応があって。
キタニ
人間を見る目が鋭いクワハリ先生らしいキャラなんだと思います。「るりるり帝国」とかも好きですね……。あのサブカル男キラー感。それで今カバーしているバンドが〈ポップしなないで〉というのも。あー!おれの世代だったら〈パスピエ〉のコピバンとかやってた子だ!!いたいた!!って(笑)。
共感だけではないのが面白い
クワハリ
キタニさんは、アニメのタイアップの曲の原作への理解度がすごいですよね。
キタニ
よかったー!安心!(笑)今は解像度って言葉が取り沙汰されるくらいだから、みんな大事に思っているじゃないですか。僕もそう思っているから。そこで期待を裏切りたくないし。ただ、一読者としての思いをぶつけているので、いつかミスるときがくる気がしているんですよ。「その解釈はお前だけじゃない?」って。
クワハリ
同じと言うとおこがましいんですけど、僕も『ふつうの軽音部』を読んで解像度が高いって言ってくれる人も、いつかは厳しい評価をするだろうなと思っているところがあります。
キタニ
その感覚、あるんですね。嬉しいー!(笑)綱渡りなんですね、人前でモノを発表するというのは。共感だけを飯のタネにするのは危険なんですよね。
クワハリ
そう。だから、あまり共感できる漫画とは思っていなくて。どちらかというと訳の分からないキャラクターを描いているのが好きなんです。
キタニ
『ふつうの軽音部』は共感とそうではない部分の間を行き来しているのがいいなと。自分も作品を作るときに、ここは言いすぎてもいいな、というときがあります。それも普段あるあるを精度高くやっていることで、「わかる気がする」と思わせることができる。
クワハリ
(幸山)厘に関しても「こういう風に同級生に心酔する人っているよねー」と書いている人がいて、「いないだろ」って(笑)。
キタニタツヤの曲が演奏される日も……?
キタニ
僕も軽音部でバンドをやっていた人間なので、『ふつうの軽音部』のようにバンドのよさを伝えてくれる作品が出るたびに嬉しくなります。バンドにしかないロマンやストーリーがあるので。そのロマンについていけないや、というドライさで結局ソロとして音楽をやっているところもあるんですけど。だから僕は、鷹見くんは将来的に一人でやる方向を選ぶだろうなと勝手に妄想して楽しんでます。彼の他の部員に対する視点に、当時の自分を重ねてしまって(笑)。
クワハリ
(笑)。僕もキャラクターを最初からかっちり決めてやってるわけじゃなくて、「こいつどういう奴なんだろう」って考えながら描いているので。キタニさんの話を聞いて「鷹見ってそういうやつかもしれないな」って思いました。なので、鷹見が急にソロでやり出したら、キタニさんのせいです(笑)。でも、protocol.(※鷹見のバンド)はキタニさんの曲をやりそうですよね。
キタニ
確かに、ギターがテクい感じとかそうなんですよね。鷹見くんはもうギターリフ、練習してくれてるかなあ(笑)。