片足は空想に、もう片足は現実に立っている
『ドラえもん』をはじめ、多くの作品で空想の世界を描いてきた藤子・F・不二雄。彼は自身が描くSFを“サイエンスフィクション”ではなく“すこし・ふしぎ”と表した。それは遠い宇宙や厳密な科学が題材の壮⼤なスケールのドラマではなく、日常⽣活と不思議な現象が隣り合い、⽚⾜は空想にあり、もう⽚⾜は現実に立つ物語だ。
『のび太の宇宙開拓史』では畳をめくったその先が、遥か遠い星の乗り物の扉につながる。ありふれた場所に異空間への入口がある、藤子はそんな“すこし・ふしぎ”な世界を生み出してきた。
なぜSFを“すこし・ふしぎ”としたのか。それを解くヒントは、藤子のSFとの関わりにある。SFがまだ空想科学小説と呼ばれていた幼少期から、藤子は国内外のSF作品に心酔してきた。彼は『S−Fマガジン』を創刊号から愛読した、いわゆるSFマニアであった。
そのため、作り手として描き始めた児童漫画にも、当然のようにSFの影響が滲(にじ)み出る。『オバケのQ太郎』(共著)や『パーマン』『ドラえもん』など、人間ではない生き物やロボット、能力者たちが登場する物語を描いた。
やがて70年代に入ると、のちにSF短編として括(くく)られる作品群を多く発表し「SF漫画家」とも呼ばれるように。それらの発表作をまとめた、1983年発売の『藤子不二雄少年SF短編集』第1巻「ひとりぼっちの宇宙戦争」の見返しには「“SF”の二文字は、SUKOSHI FUSHIGIな物語の意味です」と記した。当時は科学的に厳密なプロットがベースにあるハードSFが大きな潮流だった時代。
しかし藤子にとってSFは、幼少期に触れた空想科学小説などで感じた不思議な物語であり、「日常からはみ出した異常な話」(『藤子・F・不二雄SF短編コンプリートワークス』1巻収録「あとがきにかえて」より)であった。“すこし・ふしぎ”は、藤子の感覚を的確に表した表現だったに違いない。
また自身に影響を与えたレイ・ブラッドベリやロバート・シェクリイ、フレドリック・ブラウンといったSF作家だけでなく、『⻄遊記』や『アラビアンナイト』といった寓話も、藤子にとっては突⾶な思いつきを基に創作された不思議話であった。中国の古典や中近東の昔話、そして近現代のSF⼩説からその影響下にある自身の作品までも包み込む概念が“すこし・ふしぎ”だったのだ。
奇妙な存在も、出来事も、⽇常と隣り合わせにある
“すこし・ふしぎ”の特徴として第一に挙げられるのが「日常の中に奇妙な存在がいる」だ。未来からやってきたロボットが活躍する『ドラえもん』をはじめ、『チンプイ』では宇宙生物が、『パーマン』ではスーパーマンが、『オバケのQ太郎』ではお化けが、それぞれが暮らす社会やコミュニティでの存在を認められている。
日常の中に奇妙な存在がいる
『エスパー魔美』も、ある⽇突然エスパーになった普通の⼥⼦中学⽣・魔美が主人公。超常的な能⼒者が人助けをしながら友情にバイトにと精を出すコントラストは、読者の心を緩め、不思議な存在をより身近に、どこかリアリティを持って感じさせる。
青年誌などで発表してきたSF短編に顕著なのが「価値観と視点が切り替わる」という点だ。異なる世代の“自分”が集う「⾃分会議」や、突然世界の創造主になってしまう「創世⽇記」のように、日常的な舞台にSF要素を一つ盛り込むことで、ありふれた光景を一変させる。
価値観と視点が切り替わる
短いストーリーの中で価値観のパラダイムシフトが起こり、重厚な読後感が立ち上がる。「のび太と竜の騎士」では、序盤でドラえもんが使ったひみつ道具が後半に歴史的な意味を持ち、読者の視点を揺さぶる。
「時間と空間を⾶び越える」点も外せない。未来や過去へ行き来するタイムトラベル、過去を改変すると未来に影響が出るタイムパラドックスなどの知識を、小さい頃に藤子作品で知った読者も多いのではないだろうか。
時間と空間を飛び越える
最も身近にしたのは『ドラえもん』に違いないが、『キテレツ大百科』では主人公の英一、『パーマン』では自称天才科学者の魔土災炎(まどさいえん)、『新オバケのQ太郎』(共著)ではO次郎が、それぞれタイムマシンを作り出す話がある。
未来と過去に生きるそっくりな少年が入れ替わる『みきおとミキオ』は、違う時代の異なる常識が浮き彫りになるコメディだし、『T・Pぼん』はタイトル通りタイムパトロールを主役に据え、時間を操る歴史ミステリーを展開する。いずれも笑いや謎解きが軸にあり、時空の行き来は当然のこととして受け入れられていく。
ロボット、宇宙⼈、スーパーヒーロー、ひみつ道具、パラレルワールド、時空を超えた出会い。私たちの生活や常識とは距離の遠いものが、藤子作品により気の置けない存在になった。⽇常の中に不思議な存在を取り⼊れると同時に、不思議な存在を⽇常化すること。それこそが“すこし・ふしぎ”の効力なのだろう。
今も現在進行形!藤子・F・不二雄ワールド
時を超え、身近であり続ける藤子作品。今も『ドラえもんプラス』やコンビニコミックの発刊が続く。また2005年にはアニメ『ドラえもん』の大幅リニューアルから次世代の声優やスタッフ陣にバトンがつながり、子供から大人までを毎週夢中にさせている。
11年に開館した〈川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム〉では貴重な原画を展示し、常設展と企画展を展開。その壮大な画業は14年に完結した『藤子・F・不二雄大全集』でも読むことができる。23年には『SF短編』がドラマ化され、今年はNetflixで『T・Pぼん』が再アニメ化。“すこし・ふしぎ”の輪は広がり続けている。