「レッチリ、Gorillaz、大好きなバンド。見つけてうれしかったな」
「これはドクター・ペッパー、飲み物シリーズ好きですね」
「ピーナッツバター・ウィスキーとは如何なるものか? まるでわからない」
『村上T 2021 また集まってしまったTシャツたち』ページの掲載写真のインデックスを見ながら、村上さんは淡々としながらも楽しそうに、記憶をたどってくれていました。
中でもたっぷりと丁寧に説明してくれたTシャツは、スタジアムで買ったボストン・レッドソックスのナックルボーラー、ウェイクフィールドのものでした。特集に掲載できなかったのが心残りだったので、ここで。
村上さんはウェイクフィールドの大ファンだったとか。キャッチャーも捕れない、魔球のようなナックルボールを投げるピッチャーです。そんなどこに行くのかわからない魔球だから、彼には専任のキャッチャーがいて、どこに行くかわからない球を大きなミットで、きちんと捕ってくれていたそうです。
にもかかわらず、バカなフロントがそのキャッチャーをトレードに出したおかげで、ウェイクフィールドの魔球をうまいこと受けるキャッチャーがいなくなってしまって、あわてて呼び戻したそうです。あるゲームの4回裏にその魔球用のキャッチャーが帰ってきました。村上さんはそのゲームにたまたま居合わせたとか。そのキャッチャーは、まあ見事にさばいてくれたそうです。いかにも村上さんらしいエピソードですね。Tシャツは思い出をカタチにする力があります。
Tシャツといえば、昨年春、パンデミックの最中、ボクは『村上T』の編集作業にかわっていました。村上さんのTシャツと共にステイホームだったわけです。世の中はかなり怯えていて、時間が止まったようでした。せっかくの機会だからと、村上作品の長編をすべて再読することにしました。読み返してみると以前とは随分と印象が変わっていたのです。ポップな展開よりドロドロとした心理とかにハマったり、作品の構造に唸ったりと、時間の経過はなにかと新鮮です。
さらに新鮮だったのは、作中に出てくる音楽を、YouTubeや配信でーー村上さんはセックスと友情は分けるように、できるだけインターネットと音楽は結び付けないようにしていると言ってますが、すみませんーーすぐさま聴けることです。「シンフォニエッタ」を聴きながら読み始める『1Q84』、ディランの「激しい雨」を聴きながら読み終わる『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。初めて読んだあの頃とはまったく違うアプローチはよりドラマチックでした。村上作品のイメージはあっさり上書きされてしまったようです。これも再読のステキなギフトですね。村上さんのおかげでパンデミックも悪いことばかりじゃなかったです。
あっ、ウェイクフィールドのナックルボール、もちろんYouTubeで観れます。
古谷昭弘(特集担当)