人はなぜ、山に登るのか。とか、考える必要ある?
私が山に登るとき、そこには必ず“目的”がありました。
仕事柄、人があまり行かない場所にも行っています。
五島列島の無人島の山に登ったり、エチオピアの火山の頂まで夜通し歩いたことも。
でも、それは山頂にある奇岩や、マグマの滾る火口を目にする、というモチベーションがあったから登れたものです。
だから逆にいうと、目的なしに山に登ることはありません。でした。
“山好き”を自称する人でも、意外と私のような人も多いのではないかと。
百名山に選ばれているあの山を登った。標高何メートルだった。何時間で登り切った……。
山はクリアすべき対象であって、スタンプを集めることに喜びを見出しているような。
でも、それは損をしていると山好きの人に言われました。
別に山頂を目指すことだけが、山の魅力の全てではない。というか、むしろそこが主ではない。
山を歩いたときのことを振り返ってみると、見たこともない花を目にしてもスルーしてなかったかしらん。不思議な鳴き方をする鳥の声をちゃんと楽しんでいたかしらん。
たしかに、損をしていた気がします。
「なぜ、山を登るのか」。
気持ちいいから、っていうバカみたいにシンプルな答えを忘れないように、今後はまたなんとなく山へ行けたらいいと思います。