60の“理由”のさらに奥にある魅力を感じてほしい国、タイランド
雑誌の編集は、時としてもどかしさを伴う。もちろん精一杯の努力はするのだけれども、鼻腔をくすぐるストリートの独特な香りは届けられないし、口の中に広がる豊かな味も正確には伝えられない。胸を躍らせるビートはあの場所で聴いてこそ輝くものだと思うし、ましてや、街の喧騒の中でプラスチックの椅子に腰掛けてビールを飲むその最高の雰囲気なんて記事にはしづらい。これまで国内外いろいろな場所に足を運んだが、伝えたいけど伝わりづらい、このもどかしさを一番に感じたのが、タイという国だ。
2024年の3月から数えて、今回の取材旅までにタイに渡航した回数は5回となった。およそ1年で5回。ハイペースな渡航を通じて、“行きたい理由”は数えきれないくらいストックされた気がする。あの店、この音楽、会いたい彼や彼女……僕がタイに行きたい理由は、たくさんある。いや、たくさんできた。今号では、その数を60に絞ったが、本当はまだまだたくさんある。
取材をしながら、絞りに絞ったその“理由”が持つ魅力を改めて五感で確認していく。新旧のガパオライスやカムーガタも、レコードから流れるクラシックなモーラムもタイヒップホップの新譜も、僕にとってはどれもがとても新鮮で、全部良い。「良い」と思えるものには、時代を越えても、根底にタイらしさがあるからだと自己分析する。言葉にすると、料理にはタイ特有のスパイスやハーブが使われているからだし、音楽にはピンやケーンといった楽器が使われているから。でも、これだけで“タイらしさ”を理解していただけるのだろうか。
常々思う。雑誌は入口。読んでもらえるのは嬉しいけれど、行った気にも、知ったようにもならない。でももし僕たちが用意した入口に興味を持ってくれたなら、その香りを、味を、音を、そして空気感を五感いっぱい楽しむために、バンコクやチェンマイへ足を運んでほしい。きっと、僕が虜になった“タイらしさ”の正体がわかるから。
