うはうはが怖い
古い旅館の一室。年の離れた男女がワインを傍に「子供の頃に怖かったもの」について話している。女は『うはうは』という言葉を挙げ、男は『性懲り』という言葉を挙げる。二人は長年の不倫関係にあったが、ついに男の方の離婚が成立。晴れて温泉旅行に出かけたのだが………。
江國香織の短編小説「そこなう」の冒頭シーンである。初めて読んだとき、中学生男子だった私は「子供の頃に怖かったものについて話す」という行為のエロさに震えた。「大人って、こんなことをするのか……」。(するのでしょうか!?)
不快、嫌、気持ち悪い、とは違う。自虐、恥、でもない。怖い、としか言えない気持ちがある。人が本当に怖いものを告白するとき、つかの間、その人が普段は隠している心の奥底の何かが顔を出す。だからこそ、それは告白する人にもされる人にも、大きな快感をもたらすのだ。
いま目の前にある一冊、「もっと怖いもの見たさ。」では、145人もの人々が本当に怖いものを告白している。どのページを開いても、ホラーを作り、ホラーを愛する人々のトラウマに対面できる。この危険な快楽の洪水から、私はしばらく抜け出せそうにない。