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SF研究家・橋本輝幸が解説。同時多発的に巻き起こる、世界のSFムーブメントに迫る

2010年代以降、作家ケン・リュウや劉慈欣(りゅうじきん)の登場をきっかけに状況が変化し、主要なSF賞を英米以外の作家が席捲。また、韓国SFやアフリカンフューチャリズムなど、同時多発的に巻き起こる世界のSFムーブメントについて、SF書評家、研究家の橋本輝幸が解説。

初出:BRUTUS No.1011「夏は、SF。」(2024年7月1日発売)

text: Teruyuki Hashimoto / edit: Yoko Hasada

解説する人:橋本輝幸(SF書評家、研究家)

THEME 1:英米から中国へ広がる波

中国・アフリカ系作家が拡張したSFの多様性

SF小説は英米発祥である。20世紀の雑誌文化から生まれ育った。ゆえに長らく、英米中心的だった。たとえばSFのファンとプロが集う世界SF大会(ワールドコン)は80回以上開催されているが、英語が公用語ではない開催国はドイツ、オランダ、日本、フィンランド、中国だけ。英語圏のSF作家はほとんど白人でアフリカ系やアジア系の作家はきわめて少なかった。SFは、限られた人たちが夢を描く場だったのである。

しかし2010年代以降、状況は変わり始めた。まずテッド・チャンの短編『あなたの人生の物語』が映画化。ケン・リュウは中国作家の翻訳紹介を始め、劉慈欣『三体』と郝景芳(かくけいほう)の短編『折りたたみ北京』などで世界的に中国SFを広めた。そのころ好評を博したアフリカ系アメリカ人作家がN・K・ジェミシンやンネディ・オコラフォーだ。

『第五の季節』から始まるジェミシンの「破壊された地球」シリーズは三部作が3年連続でヒューゴー賞長編部門受賞という前代未聞の快挙を遂げた。また2016年、黒人SFの専門誌『FIYAH』が創刊され、2018年に映画『ブラックパンサー』が話題を集めた。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
監督:ライアン・クーグラー/2022年公開/先進的な科学技術を有する架空のアフリカ国家・ワカンダを舞台とする続編。前作『ブラックパンサー』はマーベル映画初の黒人が主人公で、スーパーヒーロー映画として初めてアカデミー賞作品賞にノミネート。大ヒットを記録した。写真:Everett Collection/アフロ

これらは米国SF界が単独で達成した変化ではない。北欧ミステリー小説のヒット、バラク・オバマの大統領就任、K-POP人気、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の映画賞席捲……。社会が変わったから英米SFも変われたのだ。なにより人種マイノリティ当事者たちが、自分が若いころに存在しなかったような作品やロールモデルを作り上げようとした、不断の努力があったはずだ。

THEME 2:躍進する韓国と伝統の欧州

気候変動や労働環境など社会課題や文化を映す

韓国ではSF雑誌が長続きせず、インターネットで細々と交流していた愛好家の中から創作や翻訳のプロが現れたという。専業SF作家が成立しない時代が長かったのだ。しかし2017年、ついに韓国SF作家連帯(SFWUK)というプロ作家団体が設立。2019年以降に世界各国で韓国SFの英訳が進み始めた。

そう、韓国SFコミュニティは比較的新しい。だからこそとっつきやすく、普段あまり馴染みのない人にもおすすめだ。作家チョン・ソヨンは『ちぇっくCHECK』Vol.7に寄稿した「韓国のSFについて」で、韓国SFは差別に敏感、政治的、近年は環境問題と気候変動への関心が高いと書いた。日本では韓国文学ブームがあったため、実は英語圏と同等以上に翻訳が進んでいる。

『わたしたちが光の速さで進めないなら』著者:キム・チョヨプ
『わたしたちが光の速さで進めないなら』
著者:キム・チョヨプ/訳:カン・バンファ、ユン・ジヨン/2020年邦訳発表/1993年生まれの俊英の第1短編集。「祖母と宇宙人との接触の記録『スペクトラム』など、いくつかの作品で年配の女性に焦点を当てる。社会の無理解もくりかえし描かれるが、絶望より希望が残る」
『スペース・スウィーパーズ』
監督:チョ・ソンヒ/2021年配信/ヒューゴー賞にノミネートされた韓国初の宇宙SF映画。「コロナ禍で劇場公開を逃したのが惜しい良作。舞台は地球が環境悪化で居住に適さなくなり企業が牛耳る格差社会。そんな世界で宇宙船“勝利号”の一行は少女型ロボットを拾う」Netflix映画『スペース・スウィーパーズ』独占配信中

チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』、キム・ボヨン『どれほど似ているか』、ペ・ミョンフン『タワー』など、作品が立て続けに出版された。とくに新鋭キム・チョヨプは異境へのあこがれ、孤独と他者の温かみ、社会や人間への批判が混在する作風で日本でも人気に。今後、新作も続々翻訳されそうだ。

一方「SFの父」と呼ばれる『月世界旅行』ジュール・ヴェルヌと『宇宙戦争』H・G・ウェルズの2人の功績もあり、古くからSF小説が書かれてきた欧州。20世紀後半からは英語圏の作品が流入した影響で、非英語圏SFが活発に。近年邦訳も続いている。財政危機を経験したギリシャらしい傑作選、AIによる格付け社会を描いたドイツのマルク=ウヴェ・クリング『クオリティランド』、『チェコSF短編小説集』など各国の歴史や文化を垣間見せてくれる。

『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』編:フランチェスカ・T・バルビニ、フランチェスコ・ヴァルソ
『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』
編:フランチェスカ・T・バルビニ、フランチェスコ・ヴァルソ/訳:中村融ほか/2023年邦訳発表/「経済破綻に見舞われたギリシャだけに経済、環境、移民の問題を取り上げた話が多い。水没都市で潜水し住居を探す仕事の話『ローズウィード』含むフレッシュな11編を収録」

THEME 3:アフリカからの新風と南アジアの芽吹き

アフリカンフューチャリズムをはじめ新世界を拡張する非英語圏作家たち

アフリカでは、南アフリカ共和国産の小説や映画が世界に進出するようになった。たとえば映画『第9地区』。2017年にはアフリカSF協会が文芸賞を創設した。ナイジェリアのオゲネチョヴウェ・ドナルド・エクペキは次々にアフリカンSFアンソロジーを編む。

おかげで、ナイジェリアを筆頭にケニア、ボツワナ、ジンバブエからも作家が輩出されている状況は一目瞭然だ。一概には語れないが、アフリカSFも格差社会や気候変動への関心が高い。

『第9地区』
監督:ニール・ブロムカンプ/2009年公開/飛来したエイリアンを難民として受け入れたヨハネスブルク。しかし特別居住区〈第9地区〉はスラム街と化し、国家組織が彼らの強制移住を遂行。アパルトヘイトを下敷きにした社会派サスペンスは、第82回アカデミー賞にノミネートされた。写真:Everett Collection/アフロ

また21世紀以降、小出版社やウェブマガジンを気軽に始めやすくなった。たとえばインドではニューデリーのZubaan Booksが女性作家の著作を刊行し、チェンナイのBlaft Publicationがタミル語のパルプ小説の英訳アンソロジーシリーズを出版した。

フィリピンでは中華系フィリピン人SFアンソロジー『Lauriat』が編まれ、シンガポールでは2013年から2018年にかけて東南アジアSF雑誌『LONTAR』が刊行。近年はインド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカなど南アジアの作家の著作をよく目にするようになった。

文化の橋渡しは世界各地で続いているし、その共通の橋として英語が用いられている。英語が公用語の国の作家のほうが発表の場を得やすいし、公用語なのは植民地だった過去のためだ。まだ十分に多様な声で満ちた状況とは言いがたい。

それでも、近年はベンガル語やマレー語のSFアンソロジーも英訳され、SFウェブZINE『Omenana』はフランス語作品の投稿も受け付けている。人種や国境に限らず、民族やジェンダーやセクシュアリティ、個人の特性や障害が表現された作品や特集も目にする機会が増加。中国国内でも近年、海外SFの翻訳がぐんと増えた。

『Omenana』ウェブサイト
『Omenana』
アフリカとアフリカ系移民のSF小説を発表するナイジェリア発のSFウェブZINE。作家から投稿を募り作品を発表するプラットフォームとして機能している。ナイジェリアの作家で、アンソロジストとしてもアフリカ系作家を牽引するウォレ・タラビの書き下ろし小説も読むことができる。Courtesy of Omenana

日本の読者が中国や韓国といった隣国のSFを数多く読めるようになったのもここ10年以内だ。私たちだって、近くの国でどんな未来が夢見られていたのか知らなかった。未知の世界が好きな読者にはぜひ異なる国のSFにも手を伸ばしてみてほしい。違う夢もあれば、同じ夢もある。遠い国で書かれた物語があなたの強い共感を呼び覚ますかもしれない。

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