人情厚い美食の街へ。
一般的に人見知りで無口といわれる八戸っ子だが、その実は情に厚く、人懐っこい一面も。そんな彼らの人情に触れ、朝から晩まで食べ尽くした3日間の記録。
朝市で、そして横丁で八戸の山海の幸を味わう。
一夜明けると大雪だった……。
川端康成の『雪国』ではないけれど、八戸初日の朝、出迎えてくれたのは春のドカ雪。「このへんじゃ彼岸じゃらくって言うっけよ」と、イサバのカッチャ(魚売りのお母さん)がおっとりとした南部弁で教えてくれる。
青森県の南東部、太平洋側に位置する八戸は夏涼しく、降雪量も比較的少ないのが特徴。その代わり、春の彼岸の頃、湿り気を多く含んだ雪がまとまって降ることで春を告げる。それが「彼岸じゃらく」だ。
「したって、大変なときに来たもんだなす(笑)」。寒さと雪で意気消沈する我らを尻目に、カッチャたちはのんびりと朝ご飯を食べている。ここは、JR陸奥湊駅前にある〈八戸市営魚菜小売市場〉。
1953年に開設された屋内市場で、鮮魚や刺し身、加工品などを取り扱う店が30軒ほど並ぶ。ザ・昭和の面影が残る市場には、空きブースも目立つが、観光客も多く訪れるという。彼らの目的は市場めし。
店頭に並ぶのは、1人でも食べ切れる少量の商品が中心。「地元の魚は?」「オススメは?」と質問すると、口数少ないながらも、丁寧に教えてくれる。
そんなカッチャたちとの会話を楽しみつつ、お目当ての品を見つけたら、ご飯とともにワシワシかき込む。食べ終わる頃には寒さも忘れ、膨れたお腹をさするばかり。美食の旅のゴングは鳴った。
早起きは三文の徳。朝からフル稼働が正解です。
この市場に限らず、八戸の朝は総じて早い。3月中旬〜12月の毎週日曜日に開催される日本最大規模の〈館鼻岸壁朝市〉をはじめ、気候のいい時期に各地で開かれる朝市や、仕事帰りの漁師がひとっ風呂浴びられるよう早朝から営業する銭湯など。
我らグルメ隊もやるべきことは多い。早朝4時30分から営業するせんべい喫茶〈せんべい店〉で地元の元気いっぱいなシニアに交じって、焼きたてモチモチのてんぽせんべい(別名・餅せんべい)を頬張り、陸奥湊駅近くの〈みなと食堂〉で、絶品の平目漬丼に舌鼓を打つ。
お腹が苦しくなったら、銭湯で湯に浸かりながら消化を促し、ウミネコの繁殖地として天然記念物に指定されるや、司馬遼太郎が「他の星からの訪問者を一番先に案内したい海岸」と表した海岸へ。ランチには、その道すがらにある海抜0mの食堂〈小舟渡〉で、海を眼前に磯ラーメンをすするのだった。
横丁文化が育んだ!?心地よい距離感と気配り。
八戸の朝を代表する光景が朝市だとすると、夜の顔には横丁が挙げられる。中心街には、終戦後、引き揚げ者向けの市場から発展した路地や、東北新幹線の八戸延伸に合わせて開業したものなど新旧8つの横丁が存在。毎年10月には『八戸横丁月間酔っ払いに愛を』というイベントも開催されるほどだ。
一般的に、八戸市民の気質は人見知りで無口とされるが、取材を通して感じたのは、来る者拒まずなおおらかさと、豊かなサービス精神。人と人の距離が程よく、知らぬ者同士でも打ち解けやすい横丁文化がその根底にあるのかもしれない。
例えば、今回訪れた〈南部もぐり〉と〈章〉。地魚を使った刺し身や料理が自慢の〈南部もぐり〉では、明るい笑顔の女将・克子さんが優しく出迎えてくれたかと思えば、見知らぬ食材や料理名に悩んでいれば、板前歴40年以上の店主・小澤正彦さんがさりげなく教えてくれる。
地元の人で賑わう〈章〉で腕を振るうのは、名物女将の青山いく子さん。料理はお任せで、価格に応じてコースを組んでくれるのだが、驚くのは盛りの良さ。「お客さんに喜んでほしいし、驚かせたいからついいっぱい出しちゃうの(笑)」と盛っていくからきっぷがいい。
これら昔ながらの店に加えて、最近は東京などで修業を積んでからUターンし、開業する人も増加。東京・富ヶ谷の人気店〈アヒルストア〉で修業した橘竜斗さんが開いたワインバー〈ズッパ〉もその一軒だ。
八戸の中心街はコンパクトなので横丁間の移動も簡単で、回遊しやすいのが魅力。ドアや窓越しに、ふと店主と目が合った店に飛び込んでみるのも一興だ。しかし、なかには恐ろしく入りづらい店も少なくない。
横丁の一つ、れんさ街に佇む老舗バー〈洋酒喫茶プリンス〉は最たる例だろう。「DEEP八戸」と描かれた看板に気後れしつつも、勇気を持って入った先に待っているのは昭和レトロな空間と、超ド派手なシャツを着た店主の佐々木さんファミリー。ここでは、常連も一見も分け隔てない接客をしてくれる横丁文化が根づいている。
それが妙に嬉しくて、杯も進む。ディープな八戸の夜は、〈プリンス〉で暮れていく。