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あるかもしれない空想動物園。ドラゴン、ツチノコ、ペガサス…伝説の動物を動物園で飼うとしたら?

ドラゴン、ツチノコ、ペガサス……神話や伝承に登場する生き物を、現実の動物園で飼うとしたら?古生物研究家が伝説の動物のリアルな姿や生態を考察し、獣医師が動物園勤務経験に基づく飼い方や展示法を提案。どこかにあるかもしれない空想動物園を語ります。

illustration: Satoshi Kawasaki / text: Masae Wako

空想上の生き物を現実の動物園で飼うとしたら?

北澤功

ファンタジーの世界の動物を飼うなら、まずはドラゴンかな。巨大な生き物を見るのは動物園の醍醐味ですし、空飛ぶ姿も見たいしね。

川崎悟司

それが飛ばないのですよ。

北澤

えー、どうして……?

川崎

僕の考えでは、ドラゴンの祖先は爬虫類。2億~1億年前に2足歩行の爬虫類が進化して恐竜になったのですが、その過程で派生したのがドラゴンです。あの翼は、肋骨が傘の骨のように伸び、骨と骨の間に皮膜が形成されたものなんです。

北澤

残念。でも飛ばないなら覆いやフェンスなしで飼えますね。巨大な猛獣を、息遣いまでわかるほど間近で見られるなんて最高です。行動はソロ?それとも群れですか。

川崎

単独行動だと思います。

北澤

それならなおさら繁殖させたい。空想動物は絶対的に生体数が少ないはずだから、飼育することで種の保存につなげ、絶滅を防がなくちゃ。動物園の大切な使命です。

川崎

つがいで飼いましょう。オスの翼は求愛の時に広げるものですし。

北澤

クジャクと同じですね。

川崎

そう。祖先は爬虫類ですが、進化の具合でいうと鳥類に近い。知能はおそらくカラスレベルで、人とコミュニケーションも取れそうです。

北澤

恐ろしい猛獣にもかかわらず、ひと握りの飼育員とは心を通わせ、背中にも乗らせてくれたりして……。

川崎

懐いたりするといいですね。

北澤

実は爬虫類って「懐く」というより「慣れる」んです。「この人はエサをくれるから敵じゃない」と認める感じ。エサは何ですか?

川崎

頭が大きくて体が細いから、たぶん肉食です。動物園だと何を食べさせるんでしょう。

北澤

馬肉、あとはニワトリ。丸ごとだと栄養価も高いから。動物にとって食べることは最大の喜びなので、時間をかけて食べる状態を作ることがストレス軽減につながります。だからあえて隠して探させたり、骨付きの食べにくいものにしたりする。

川崎

ドラゴンが肉の付いた骨をカジカジする姿、ぜひ見たいですね。

空飛び炎を吐く幻想の王者、ドラゴン。
西洋のドラゴンは爬虫類。オープンエアで展示したい

ドラゴンのイラスト
神話などに登場する西洋ドラゴンは、大きな翼で空を飛び炎を吐く。特徴は鱗で覆われた皮膚と鋭い爪。生息地は渓谷や絶海の孤島。体長は4~5m。2階建て家屋くらい。


文献や伝承から骨格や進化を考えると、リアルな西洋ドラゴンは恐竜の仲間、すなわち祖先は爬虫類。翼はあるが、実は飛べないため、オープンエアの岩山やシダ植物の森で飼育できる。水濠で境界を作るモート式の展示なら、ジュラシック・パーク並みの迫力も体感可能。つがいで飼えば、オスが翼を広げる求愛シーンを見られるかも。

動物園で展示されているドラゴンのイラスト

日本古来の伝説上の動物を昔話のような里山で飼う

北澤

今の動物園には海外の動物が多いんだけれど、環境教育の意味でも、もっと日本の動物の展示が必要だと思います。日本の風土や身近な自然を知ることにもなりますから。

川崎

それならツチノコは飼いやすいですよ。哺乳類なので。

北澤

ツチノコ!僕、小学生の頃、本気で探しに行ってたんですよ。太めの蛇みたいな姿を想像してたけど、哺乳類と聞いて腑に落ちました。彼ら、ぴょんぴょん移動するでしょ。

川崎

そうですそうです。ジャンプするし、アザラシみたいに胴体を使って移動する。だからヘビではなく、脚が退化した哺乳類だと推測します。ネズミやハムスターに近い齧歯類で、体表は皮膚や体毛が鱗状に変化した状態ですね。

北澤

触っても大丈夫?

川崎

ええ。前歯は出てるけど狂暴じゃない。大きさもカピバラくらい。

北澤

そうすると赤ちゃんは手乗り大でこのフォルムか。かわいいなあ。

川崎

エサは植物。野菜も食べます。

北澤

じゃあエサやり体験ができますね!きっと臆病で、普段は隠れてるし人がいると逃げちゃうんだけど、食べ物を見せると出てくるから、そこですかさずニンジンをやる。

川崎

品種によって毛がモフモフになった子や、鱗がミケネコみたいに多色になった子がいてもいいですね。

北澤

おそらく地方色も出ますよ。東北型と関西型で特徴が違うとか、北海道型は毛が多いとか……そうだ、日本の原風景を再現しましょう。タヌキやフクロウも一緒に飼えば日本の生態を見せる環境展示ができる。

川崎

アマビエも飼いませんか?海上に現れた妖怪ということは、空気呼吸できる肺を持つハイギョです。

北澤

賛成。海辺も造りましょう。

川崎

アマビエの原点はシーラカンスなどの肉鰭類だと思います。進化の過程で背ビレと尻ビレと尾ビレだけが発達して3本足になった。海の中では活発だけど陸では穏便で、たまに岩場に出てきてボーッとします。

北澤

なんで出てくるのかな。

川崎

変温動物なので、体を温めたいんじゃないでしょうか。ひなたぼっこするために岩場に現れる。

北澤

なるほど。体温を上げるのは動物の治療の基本です。あっためることで消化機能を上げる。アマビエのひなたぼっこも理にかなってます。

川崎

海の中には敵がいて気を抜けないけど、陸にいる時は安心してボーッとできる。平和ですね。ところで、ツチノコたちのほのぼの展示とは反対に、動物園では毒のある生き物も飼いますよね。

北澤

はい、展示は要注意です。

川崎

例えば、ニワトリの頭とヘビの尾を持つ毒ニワトリのコカトリスを展示する場合、どうするんですか。

北澤

噛む時に毒を出すのか、しっぽや爪から出すのかにもよります。

川崎

たぶん、体から汗みたいに分泌して、羽毛に毒を含ませるんです。

北澤

攻撃の毒じゃなくて身を守る防御の毒か……囲いまでは必要ないかな。来園者との距離を保つことでいけそうです。毒を出すタイミングだけ囲いの中に入れれば安心ですね。

病を退ける3本足の妖怪、アマビエ。
リアルな環境展示ゆえ、たまにしか出現せず

川崎悟司 アマビエのイラスト
19世紀半ば、肥後国(熊本)の海上に出現し、流行り病を予言したと伝わる妖怪。江戸時代の瓦版には鱗に覆われた胴、長い髪、くちばしを持つ3本足の姿が描かれている。

海上に出現したという伝説から、水中でも陸上でも呼吸できるハイギョと推測。ツチノコが暮らす里山の一部に海水を使った水場を造り、日本の風土にフォーカスした展示としたい。歩行能力はなく水中で過ごすが、晴れた日には岩場に上って3つのヒレで直立。そのレアな姿に出会えたらいいことがある、とSNSで人気が出そう。

日本生まれの未確認生物、ツチノコ。
日本の原風景を再現し、エサやりや触れ合い体験も

川崎悟司 ツチノコのイラスト
太めの胴体を持つヘビのような生物。『古事記』や『日本書紀』にも登場。日本各地で「勢いよく跳んだ」「森の中で見た」など目撃情報がある。全身が鱗で覆われ、体長は1m前後。

言い伝えや目撃情報における行動スタイルから考えると、おそらく哺乳類。齧歯類の仲間と思われる。日本の里山を再現した環境で、ほかの小動物と一緒に飼育したい。繁殖や捕獲によって品種を増やせたら、亜熱帯型・寒冷地型など生息地域別の環境展示ができそうだ。小柄でおとなしいので、エサやり体験や触れ合い体験も可能

川崎悟司 ツチノコとアマビエを動物園で飼育するイラスト

にらまれると殺される!危険度マックスの展示法は

川崎

これは伝説上の設定なので現実には不可能なのですが、にらむだけで相手を殺せるという特徴がある生き物を飼うとしたら、どういう展示がよいと思いますか?

北澤

それならアクリル板で囲いをして、にらみビームの威力を消滅させる色なり加工なりを施しておく。そうすると「なぜこういう展示なのか、実はにらまれると殺されるという伝説が……」と説明できるんです。

川崎

面白いですね。

北澤

2つの展示場を造る手もあります。一つはにらまれても大丈夫な距離で野生の状態を見せる「生態展示」。もう一つは安全対策をしたうえで「にらむ・毒を出す」という特別な行動を見せる「行動展示」。

川崎

なるほど。その場合の生態展示はどんな環境にしましょうか。

北澤

今度こそ、飛べますよね。

川崎

いえ、基本はニワトリなので……。解剖学的には羽毛恐竜から鳥類へ進化する過程の生き物だと思われます。木の枝に跳び乗ったり、そこから跳び降りたりするくらいなら。

北澤

そうですか。じゃあ滑空するところを見せるのがいいかな。大きな木を用意して、枝の上に何羽でも止まれるようにする。遠くからでもよく見えるし、カッコいいと思う。

川崎

昆虫や小動物などのエサを地面に置けば、そこ目がけて滑空するはず。エサタイムが見どころです。

北澤

鋭い爪でガッと押さえてから、くちばしで小さく引きちぎって食べるでしょうね。時には仲間内でエサを取り合ったりするのかな。

川崎

そういえば、ファンタジーのコカトリスは、オンドリが産んだ卵をヒキガエルが抱いて温めて孵化させたのが起源なんですよ。

北澤

おお、それはいいですね!動物園の展示では、複数の生き物を同居させる「混合飼育」も一つの理想なんです。地面にはヒキガエルがいっぱいいるのに、コカトリスはなぜか攻撃しない。DNAに太古の記憶が刻まれているからです。

むしろ、コカトリスがカエルのエサを捕獲して与えてるかもしれない。そういう共生関係を見せたいですね。

川崎

動物園の展示はそんなふうに考えられているんですね。ところで、世話や掃除はどうするんですか?

北澤

毒を出すタイミングを外せば世話できますし、体から落ちた羽毛には毒がないはずだから、掃除も問題ありません。僕なら落ちた羽毛を拾い集め、個体差を調べたり進化の研究に生かしたりするでしょうね。動物の調査研究や進化の過程を見せることも、動物園の大きな役割です。

ヘビの尾を持つ毒ニワトリ、コカトリス。
樹上からの滑空がハイライト。カエルとの共生飼育も

川崎悟司 コカトリスのイラスト
中世ヨーロッパの民間伝承に現れる怪物。ニワトリの頭にヘビのようなしっぽとコウモリのような翼を持ち、獣のような後足で歩く。強い毒性あり。生息地は砂漠。全長50㎝ほど。

爬虫類と鳥類の特徴を併せ持つが、飛翔はできない。普段の居場所は砂地か岩山に立つ大木の枝の上。エサの時間になると、地面に向かって勢いよく滑空する。猛毒を持つ危険な生き物だが、ヒキガエルとは共生関係を築くことができる。かような生態展示とは別に、近くで安全に見ることができる囲い付き展示場も用意しておきたい。

川崎悟司 コカトリスを動物園で飼育するイラスト

空飛ぶ神馬ペガサスはシーラカンスだった?

川崎

進化といえば僕は、羽の生えた神馬ペガサスのような「6足動物」という分類が存在し得るのではないかと想像しているんです。

北澤

ペガサスは6足なのか。確かアマビエは「3足動物」でしたよね。

川崎

ええ。アマビエの祖先はたくさんのヒレを持つ肉鰭類のシーラカンスです。海にいた肉鰭類が地上へ進出しようとした際、どのヒレをどう変化させるか試行錯誤した結果、3足動物や6足動物、やがて爬虫類や哺乳類になる4足動物が出現した。

北澤

元は一緒なんだ。

川崎

肉鰭類の胸ビレと腹ビレが1対ずつ残ったのが4足動物で、さらに3対目として尻ビレ、背ビレも残ったのが6足動物。ペガサスは3対のうち、2対目の足が翼に変化した生き物と推測できるわけです。

北澤

ペガサスは飛べますよね?

川崎

どうでしょうか。解剖学的に考えると、ウマの体重は約500㎏あるので明らかに重すぎます。

北澤

……。

川崎

なので、僕が想像するペガサスは、インパラのように細身で軽い動物です。インパラは脚力が強く10m以上ジャンプできるので、翼の揚力で勢いをつければ飛べるはず。

北澤

よかった。飛べた!

川崎

肉食動物に追われても、一級河川くらい飛び越えて逃げられます。

北澤

そんなに飛べますか。脱走しちゃうかな。でもウマの仲間だから頭もいいし、懐いて人とのコミュニケーションが取れればきっと大丈夫。

川崎

乗馬体験もできそうですね。インパラは細いから、年齢や体重制限ありの子供限定で。

北澤

ヘルメットにカメラを付けて、飛んだ時の視界を追体験できるようにしましょう。ペガサスは、飼育というより人間と一緒に働く仲間みたいな感覚の方がふさわしい。

川崎

エサは普通の草でいいですか。

北澤

はい、動物園のエサは安くて栄養価が高くて安定供給できるものが望ましい。例えば虫を食べる動物を飼う場合、虫だけだとエサ代がかさむので、幼少時から安くて栄養価の高いヒヨコを与え、肉食に育てるということも行っています。

川崎

食育ですか。大変なんですね。

北澤

ペガサスは群れで飼いたいし、草食なのでたくさん糞が出ます。それを堆肥にして野菜や果物を育てましょうか。なんなら土を耕すところから一緒に働いてもらう。ウマって働くのが大好きだから、労働がストレスを減らすことに役立つんです。

川崎

育てたフルーツを園内の空想カフェで提供できたらいいですね。

北澤

現実の動物園に出かけた時も、「この岩山ならドラゴンも飼えるかな?」なんて妄想してみると、動物園がますます好きになりますよ。

空を駆けるゼウス神の愛馬、ペガサス。
広々した草原で放牧飼育。乗馬体験で空も飛べるはず

川崎悟司 ペガサスのイラスト
ギリシャやローマの神話に、神々や英雄の愛馬として登場。鳥のような翼で自由に空を飛び回る。山頂部や泉のほとりに棲み、地上も軽やかに疾走。全長2~3m。たぶん白馬。

体重の軽い子供限定で乗馬体験ができる。個体に備わっている破格の跳躍力に、広げた翼が生む揚力を加えれば、宙を飛んでいるような感覚を味わえるはず。普段はストレスを感じさせない草原で、のびのび草を食(は)み疾走する姿を展示。園内の畑を耕すなど労働にも従事する。日によっては、飼育員と園内を闊歩(かっぽ)する様子も見られる。

川崎悟司 ペガサスを動物園で飼育するイラスト