世の中には人間とともに働き、より良い社会を作るために力を尽くす犬がいる。彼らは「職業犬」や「使役犬」と呼ばれ、警察犬や盲導犬、麻薬探知犬など、活躍の場は広がっている。
新潟県・妙高高原で働くジャーマン・シェパードのシャルル(11歳)の職場はスキー場。ゲレンデ周辺の山々で雪崩が発生した際、遭難者の捜索・救助を行う雪崩救助犬だ。公私のパートナーでもある相楽潤さんは赤倉観光リゾートスキー場に勤務するスキーパトロール隊員。20年ほど前、スイスで雪崩救助犬の育成と捜査技術の試験を受け、雪崩救助犬を使った救助活動を始めた。
雪崩救助犬(仕事の三箇条)
・人と犬、固定のワンチームで働く。
・スキーを履いた人と一緒に並走できる。
・雪深く埋まった人の匂いを感知する。
「日本にも災害救助犬は存在しますが、一般的に投入されるのは地震や土砂崩れなどの場合で雪崩の現場は稀。その理由の一つは、犬をハンドリングする人間に雪山での救助における専門的な知識と技術が求められること。どんな使役犬も、人間と犬の双方が高い専門技術を持って、あうんの呼吸で活動しない限り、犬はその能力を発揮できないんです」
人がビュンビュン滑るゲレンデを、スキーを履いた相楽さんが自在に人を避けて滑降してくる。傍らにはリードをつけたシャルル。方向転換するスキー板に接触しないよう、常に一定の間隔を空けて並走している。
「人も犬も雪山で安全に移動できることは基本。さらに現場は雪崩という“災害”の起きた場所です。ハンドラーは雪山特有の危険を的確に判断して、安全に犬を誘導します」
雪崩救助犬は雪に埋まった人の匂いを感知して捜索する。ただ、雪の下から漏れる人間の匂いはかすか。犬と反対方向に風が吹いていると感知できないため、ハンドラーは正確に風を読んで犬を誘導する。
「スイスでの資格取得では年1回、1週間の試験合宿を3回、最低でも3年かけて犬と一緒に試験を受けて合格しなければなりません。座学に加えて雪山で複数の犬や人間とチームを組んでの模擬捜索など、犬と人、一丸となっての訓練です」
これまでシャルルは白馬で活動する団体との出動で、行方不明者の遺留物を発見するなど、捜索の手がかりを得るための貢献をしてきた。
「近年、日本でもパウダースノーが人気です。未圧雪の斜面はスキー場の内外問わず雪崩の危険が高まりますから、雪崩救助犬は頼もしい存在。そのためには雪山で犬を扱えるハンドラーの養成と、犬を使った救助活動に理解と経験を持ったレスキューチームの編成が必須です。スキー場や自治体と一緒に、犬と人が一緒に雪崩から命を救える体制を作っていけたら最高ですね」
病気と闘う子供を励ます「ファシリティドッグ」も
医療の現場で活躍する犬もいる。東京都立小児総合医療センターで働くラブラドール・レトリーバーのアイビー(3歳)は、重い病気と闘う子供たちに寄り添い、注射や手術、リハビリなどに立ち向かう患者を心の面からサポートしている。
このように特定の施設の中で働く犬は「ファシリティドッグ」と呼ばれ、欧米では病院のほか、裁判所で精神的苦痛を伴う証言を行う人に付き添ったり、退役軍人の精神的ケアをしたりすることもある。
ファシリティドッグ(仕事の三箇条)
・薬や消毒液の匂いを嫌がらない。
・予測不可能な子供の動きに驚かない。
・気性が穏やかで、人の心の動きを察知する。
2020年時点で、日本でファシリティドッグが導入されているのはこの施設に加え、静岡県立こども病院、神奈川県立こども医療センターの3施設。犬とハンドラーを派遣している認定NPO法人シャイン・オン・キッズの橋爪浩子さんは、犬の存在によって病と闘う勇気をもらった子供たちの姿を何度も見てきた。
「薬を飲みたがらない子も、隣でアイビーがビタミン剤を飲むと、“僕も頑張る!”と言って飲むんです。犬が車椅子の横で促すことで、躊躇していた一歩を踏み出せた子も。手術室の前室や集中治療室まで犬が入れる病院もあって、怖さと心細さでいっぱいの子も犬に触れることですっと落ち着く場合が多いんです」
現役の3頭に加え、同法人ではファシリティドッグの本場アメリカでトレーニングを受けたトレーナーが、国内で新人犬を育成中とのこと。病院側の理解と連携がさらに進めば、今後さらに活躍の場が増えそうだ。