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移動映画館「キノ・イグルー」は、溢れんばかりの映画愛を伝え続ける

“1億人以上も日本人がいるのであれば、中には映画のことばっかり考えている人がいてもいい”という気持ちで活動する、キノ・イグルー。彼らの企画には、その思いがにじみ出ている。観る人が必ず作品に魅了されてしまうイベントとは。

Text: Hiroya Ishikawa

中学校時代の同級生である、有坂塁さんと渡辺順也さんによって2003年に設立された移動映画館がキノ・イグルーだ。今回は有坂塁さんに話を聞いた。

「目指したのは1930年代〜50年代にパリでよく行われていたシネクラブと呼ばれる自主上映会でした。VHSにもDVDにもなっていない、トップレアな映画を上映していたんです。最初は『モンソーのパン屋の女の子』と『シュザンヌの生き方』のエリック・ロメール監督作品でしたね」

キノ・イグルーのフライヤー
初期のイベント用フライヤー。実写、アニメーション、モノクロに短編と、作品は多岐にわたる。

回を重ねるごとにギャラリーのオーナーやカフェの経営者など感度の高い人たちが集まるようになり、イベント開催の要望に応えていくうちに、シネクラブというよりも移動映画館のスタイルになっていった。

誰よりも自分たちが楽しんで、
特別な映画の時間をつくる。

しばらくはカフェなど屋内での上映が多かったが、2008年に神奈川県の横須賀美術館と東京・目黒のホテル クラスカで屋外上映を行って以降、キノ・イグルーは美術館や博物館、酒蔵、無人島など、さまざまな場所でイベントを行ってきた。

「基本的に僕たちのイベントは、オファーをいただいてから企画を考えます。その場所でしか体験できない、特別な映画の時間を一緒につくることをモットーにしています。そして、どんなイベントでも自分たちが思いっきり楽しんで行うことが大切で、それがキノ・イグルーらしさなんです」

おやこえいがかんの様子
子ども向けイベントでは、ちょっとしたお楽しみポイントを伝える。それだけで、目はキラキラと輝き、映画に引き込まれる。

もうひとつ、大きな特徴がある。彼らが主催する屋外上映は、映画を観るための最低限の環境はつくるが、ルールを設けないということ。

「自由で開放的な気持ちで映画と向き合えることが、すでに特別なことだと思っています。観客も数十人から数千人までと、イベントごとに規模も違いますが、一本の映画を観て、喜怒哀楽を共有しながら、終わったら拍手をすると、本当に特別な時間を過ごしたんだなと感じてクセになります」。その代表的な活動を振り返ってみると……。

溢れんばかりの映画愛が生んだ、
上映しない”イベントとは?

移動映画館の特別な企画と時間が、また新たな催しを生み出した。中でも、2018年に伊勢丹 新宿店で行われたイベント「長場雄×キノ・イグルー あなたのために映画を選んで描きます」は、キノ・イグルーらしさ全開のイベント。

「1人の人と1時間対面します。自分自身のことを話してもらった後に、その人に合った5本の映画を選ぶんです。1タイトルはイラストレーターの長場雄さんがイラストにしてくれます。最初はみんな躊躇するものの、話し始めるとあっという間に1時間が経つんですよ。いい映画との出合い方って時間と労力がかかりますから、私がカウンセリングをするように話を聞いて、ぴったりの映画を選んで差し上げるんです」

有坂塁と長場雄による「あなたのために映画を選び描きます」イベント
伊勢丹 新宿店で行われたイベント「長場雄×キノ・イグルー あなたのために映画を選んで描きます」の様子。

ほかにも映画のタイトルが3本ずつ記載された「映画おみくじ」を作ったり、映画『放課後ソーダ日和』にちなんで、映画好きのみなさんとクリームソーダを飲みながら、座談会を行うなど、上映以外のイベントも行っているキノ・イグルー。Instagramでは、有坂さんが毎朝、起きた瞬間に閃いた映画を紹介する「ねおきシネマ」を1770日以上も続けているので、そちらも注目だ。