自分のスナップを撮るように、正直に
エリカ・デ・カシエール、と言っても、まだ2枚のアルバムしか出しておらず、日本でも1度しかライブをやっていないこのデンマークのアーティストのことを知っている読者はそう多くはなかっただろう。
ところが、その状況が昨年大きく変わった。今を時めくあのNewJeansの楽曲を手がけたことで、俄然注目されるようになったのだ。そのエリカが、先日満を持して待望のニューアルバム『Still』をリリースし、この夏はフジロックにも出演することが決まった。そんなタイミングで、コペンハーゲンにいる彼女に話を聞いてみた。
エリカ・デ・カシエールが、日本のコアな音楽ファンの間で最初に話題になったのは、彼女のボーカルがフィーチャーされた、DJセントラルの2017年リリース曲「Drive」だっただろうか。この12インチシングルを出したデンマーク・オーフスのダンスミュージック・レーベル〈Regelbau〉周辺のコレクティブにエリカもいた。
「〈Regelbau〉は、才能ある人たちの集まりで、音楽と音楽作りに対してすごく有機的な考え方をしているなと思った。安全な空間を作ろうとしていること。また、ローカルであることを大事にしていて、あまり広げすぎずに、小さなコミュニティの中で自分たちがやりたいことをやるっていう感じね。そこに関われてとても誇らしかったことを覚えている」
そして、そのDJセントラルことネイタル・ザックスのプロデュースのもと、19年に自主制作で出したファーストアルバム『Essentials』が話題を呼び、その2年後に、今度は〈4AD〉から『Sensational』をリリースしたことで、世界的に知られるようになる。そして、彼女の才能は、NewJeansのプロデューサー、ミン・ヒジンの耳にも留まった。
エリカの音楽は、ダンスミュージックをベースにしながらも、どこかメランコリックで内省的なベッドルーム・ポップのフィールも感じさせるもので、それがNewJeansの音楽性ともマッチしたのか、23年リリースの「Super Shy」や「ASAP」など4曲の楽曲を、ほかの北欧系のアーティストたちと共作したのだ。
「NewJeansは、K−POP以外の人たちと制作することに意欲的で、それで私を含む多くのオルタナティブなアーティストたちと仕事をすることになった。新しい試みをしようとしていたし、これまでに聴いたことがないようなものを作りたいという思いを持っていて、こういう雰囲気で、こういうルールでっていう、すごく明確な指標もあったわ」
歌詞と音楽を一つに
そして、エリカ自身も、並行してアルバム制作を進めていたのか、3年ぶりのアルバム『Still』を発表することになったわけだ。
「このアルバムを作っている間は、今の自分の人生において実際に起きていることについて、できる限り正直になろうとしていたと思う。自分のスナップショット(スチール写真)を撮るようにね。自分の成長を感じてはほしい。でも、いまだに自分のサウンドから逃れるのは難しいということにも気づいたの。それがタイトルの意味よ」
すでに話題のUKガラージ的な先行シングル「Lucky」について聞くと、「『Lucky』は、すごく幸せなラブソングにしたかったし、音楽にもそのハッピーな感じを反映させたくて。悲しさは一切なく、ただただ幸せっていう(笑)。私はいつも、歌っている内容と音楽が一つで、互いが互いを反映するようなものにしたいと思っている」。
そして、今回は、「Anxious」のように、打ち込みだけでなく、生楽器の演奏もフィーチャーされているところが新鮮で魅力的だ。
「スタジオでほかの誰かと一緒に、お互いのエネルギーを糧としながら作るということをやりたかったし、実際に最高の経験だった。誰かが自分のビートに合わせて演奏することで、新たな命が宿って、新たな音が聞こえてくるから。それは、以前からやってみたかったことよ」
そんなエリカに、普段コペンハーゲンでどのように過ごしているか聞いた。
「朝起きて猫にエサをあげたり、スタジオに行ったり、事務仕事をしたり、ビートを作ったり、レコーディングしたり。あとはコンサートに行って刺激を受けたり、アートの展覧会や映画を観たりね」
そして、エリカは再びフジロックで日本にやってくる。今から楽しみだ。
「日本のオーディエンスについてすごく印象的だったのは、音楽を聴いているときの集中力。それは世界のほかの国々では見ない比類なきものだと思う。ものすごく敬意と興味を持って聴いてくれた。それに音楽に対する好奇心も旺盛で。とにかく日本に行ったことは本当に素晴らしい経験だった。だから、みんなに一言。Keep Digging!」