ホウ・シャオシェンらと、1980年代の台湾ニューウェーブの一翼を担ったエドワード・ヤン監督。その生涯は短く、遺した作品もさほど多くはないが、近年BFI(英国映画協会)の1990年代の偉大な映画の選出企画で『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』が2位に選ばれ、昨今のリマスター版の上映なども相まって、その評価はますます高まりつつある。
このように再びエドワード・ヤンに注目の集まる中、タイミング良く、この夏から秋にかけて、台湾の〈国家電影及視聴文化センター〉と〈台北市立美術館〉でエドワード・ヤンの大回顧展が開催されている。そこで、この展覧会のキュレーターを務めた映画学者の孫松榮氏に見どころを聞いた。
今回の展覧会の企画は、2019年に監督の妻である彭鎧立氏が、1万件余りの資料を国家電影及視聴文化センターに寄贈したことから始まった。そこから3年の準備の末に、かつてない規模の展示とレトロスペクティブが実現することとなった。
展覧会のタイトルの『一一重構』の「一一」には、遺作となった『ヤンヤン 夏の想い出』の原題もかけてあるが、もともと「一つ一つ」という意味で、「重構」が「思い出す」とか「再構築」ということであり、エドワード・ヤンの様々な側面を思い出しながら再構築するという意味合いがあるそうだ。
台北市立美術館の展示は、「時代的童年」「略有志氣的少年」「城市探索者」「多聲部複語師」「活力喜劇家」「生命沉思者」「夢想實業家」の7つのエリアに分かれており、監督の少年時代から晩年まで、その活動を辿ることができる。中でも見どころなのは、「略有志氣的少年」。ここでは、『牯嶺街少年殺人事件』でチャン・チェン演じる小四が使っていたあの懐中電灯や学生カバン、日記などの展示もある。
また、エドワード・ヤンの1980年代の『浮草』のようなドラマや、『恐怖分子』などの映画では、“都会”と“女性”が2大テーマとなっているが、「城市探索者」では、それらの作品の一部を再編集し、7つのモニターで上映。そして、モニターとモニターの間はまるで迷路のようになっていて、これを通り抜けると、監督が女性の役割や台北という都市をどのように描いていたかについて体感することができるという。
そして、「生命沉思者」では、手塚治虫や『鉄腕アトム』のファンでもあったエドワード・ヤンが、キャリアの最後に手がけようとしていたアニメーション映画の資料なども展示される。
一方、国家電影及視聴文化センターでは、脚本と製作助手を務めた幻の作品『1905年の冬』を含め、エドワード・ヤンの全作品のみならず、未完に終わったアニメーション映画『追風』の一部、また、監督が、イギリスの映画雑誌『Sight & Sound』誌のために選んだ10本の映画、さらに、是枝裕和監督が撮ったドキュメンタリー映画の上映も行われる。
台湾の若い世代の間でも、『ヤンヤン 夏の想い出』のヒットをきっかけに、エドワード・ヤン人気は徐々に高まっていて、それは、香港、シンガポール、さらには中国という華人文化圏にも広がりつつある。もちろん、それは日本でも同じだが、この回顧展が、そうしたアジアの「エドワード・ヤン」チルドレンたちの、さらなる相互交流の場にもなったらと願う。
ファンにとってはまさに必見の回顧展なので、海外にも行きやすくなった今、エドワード・ヤンが愛した台北を、ぜひこの機会に訪れてほしい。