まず石若(駿)さんから、森山(威男)さんと唐澤(宏昌)さんとの関係について教えてください。
石若駿
森山さんは前回(979号)もお話ししたように、僕が人生で初めてライブを観たドラマーで、僕のドラム人生はあそこから始まったと言ってもいい。藝大打楽器科の大先輩で、4年生の学園祭で一緒に叩いたドラムセッションは忘れられない思い出です。唐澤さんとは、僕がまだ高校生で金澤英明さんのBoysのツアーで長野に行った時に、初めてお目にかかったんでしたよね。
唐澤宏昌
もう10年以上前だよね。僕がやっている『ジャズイン長野』というフェスで、森山威男カルテット+石若駿というスペシャルセッションをやってもらったこともあった。
石若
唐澤さんは長野の〈バックドロップ〉というジャズが流れる食堂のマスターで、お店には今では手に入らないジャズのレコードがたくさんあるし、重要なライブやコンサートにはほとんど足を運んでいて、いろいろ教えてもらってます。今回、日本のジャズを語る企画だったので、唐澤さんにも参加してもらいました。
ジャズバンドにおけるドラムの魅力と役割
森山さんと石若さんは何度も共演されています。小編成のジャズでツインドラムというのはとても珍しいと思うのですが、どんなことを意識して演奏するのですか?
森山威男
私は常々、ドラムは2人要らないと言っているんです(笑)。車に運転手が2人いるようなもので、どの方向に行ったらいいのかわからなくなってしまいますから。ドラムが2人いて面白くなるケースは、よっぽどお互いにサポートし合える関係ができていることが大前提でしょう。そんな関係は人間的にもわかり合っていないとできません。
石若
ただドラムが2人いると、自分にない発想が相手の方からどんどん出てくるわけですよ。そこからアイデアをもらって自然と新しいリズムが生まれていくような。僕はそれを楽しんでいる部分が大きいですね。ドラマー同士はあまり共演しないんですが、最近けっこう多くなっている気がします。
2024年2月も17日(可児市文化創造センター)・18日(名古屋・TOKUZO)に、森山さんとポンタ(故・村上“ポンタ”秀一)さん、松下マサナオさんと僕の4人のドラマーとピアノの伊藤志宏さんで始めた『四つの核心』をやりますが、これも刺激的なライブです。
唐澤
僕は森山さんがいろいろなドラマーと演(や)ったのを聴いていますが、森山さんは意外に「俺はあまり叩かないよ」と言って、相手のドラムを楽しんでいる部分がありますよね。
森山
最近は基本的に、知らないものはまず聴くようにしています。相手のことがわからないのにいきなり仕掛けていくのは無謀ですよ。でも若い頃はそんな考えはなくて、ただただ闘ってました。ジョージ川口さんと演った時など「負けてたまるか」って必死でしたよ。川口さんも絶対に負けない人でしたから(笑)。
石若
それは激しそう。学園祭の時もそんな感じじゃなかったですか?
森山
あれは純粋にドラム2台だけのセッションだったから、もちろん負けてたまるかでしたよ。炎天下の野外ステージで黒山の人だかりを前に叩きまくりましたね。
石若
灼熱の45分間。僕は最後、酸欠状態になりました。でもお客さんはすごく喜んでくれて、感極まって涙している人もいましたからね。
森山
駿のドラムは泣かせるから。
石若
いやいや、森山さんこそ。僕は森山さんのドラムを聴くといつも涙腺を刺激されます。
森山
でも、あれは大したことを企画してくれました。それこそ私たちには到底思いつかない発想でしたから。本当に楽しかった。
ジャズドラムを始めたきっかけが純粋にドラムを叩きたいという情熱だったお2人だから、実現したステージとも言えそうです。
森山
私はいまだにジャズがいいとは思ってませんよ(笑)。ロックのドラムは叩けないから演らないけれど、ロックもいいし嫌いな音楽は特にないですね。演歌、民謡大好きで、ドラムを叩いていてもたまに演歌が出てきちゃうくらいですよ。
石若
ドラムという楽器はほかの演奏者に与える影響が大きいんです。音量やテンポは言うまでもないけれど、演奏の行く先を誘導する役割を担っているのがドラムです。それは演奏する曲だけでなく、ライブ空間全体の向かう先でもある。その分責任も重いんですが、そこが最大の魅力だと僕は感じています。
森山
駿の言う通りですね。ドラムの優れている点は圧倒的なパワーとスピード、変化に対応できる瞬発力。ドラマーがこれらの特質をうまく引き出せれば演奏全体が引き締まるし、そういうドラマーがいればグループ全体がよくなります。ただこれはあくまで私の個人的な意見ですが。
山下洋輔トリオのこと、そしてジャズの継承について
石若
森山さんが山下洋輔トリオを始めた頃のジャズって歌ものをやることが多かったと思うんですが、そういう中で「自分たちのやりたい音楽はこっちだ」ってはっきり打ち出された。曲作りの面などで意識されたことはどんなことですか?
森山
恥ずかしながら、そんな計画的に始めたグループじゃないんですよ。はっきり覚えていますが、最初にスタジオに集まって「枯葉」を演った時、私がへたくそでテンポがいい加減すぎて「枯葉」にならなかった。
でも、洋輔が普通に演るよりこっちの方が面白いって言って。それからは勢いのまま走り続けた感じですね。お客さんに聴かせようとか一切考えず、とにかく自分たちが面白がれる演奏をやる。でもそれがすごく面白いから演奏に熱が入って、いつまでも演り続けてた。
石若
コレが自分たちの音楽だって掴(つか)んだ瞬間はありましたか?
森山
最初の頃はレコーディングした演奏を聴いても全然いいと思わなかった。コレは聴く音楽じゃなくて演る音楽だなんて勝手な理屈でね。でもある時、ライブに呼んでくれた人の車に乗ってたらカーステレオから格好いい演奏が聞こえてきて、「このドラム、すごいね」って言ったら「森山さんですよ」って(笑)。今話すとバカみたいなんですが、当時は自分のやってることを把握できてなかったわけです。
でもそんなこともあって、次第にコレでいいんだって思えるようになった。それでも、ほかのジャズの人とは一緒にできないという一抹の寂しさはありました。よくあるジャムセッションとか、参加できなかった。そこは山下洋輔トリオを辞めてから勉強しましたよ。
唐澤
辞めた後に作った最初のアルバム『フラッシュ・アップ』のコピーは「ジャズ回帰」でしたもんね。
石若
先日、譜面について書かれた森山さんの文章を読んだのですが、詳しく聞かせてもらえますか?
森山
譜面では「感情」は表せないし、音程の微妙な差違も表現できない。譜面に書き記すことのできる情報には限りがあることをわきまえなさいということです。私の考えでは、例えばリズムを走らせたい時には走らせればいい。ただメンバーや聴き手を置いてきぼりにしちゃいけない。聴き手も一緒に連れていければ、リズムを走らせることがその場その瞬間の正解になるということです。
石若
なるほど。これはジャズファンだけでなくすべてのミュージシャンにも聞いてもらいたいお話です。
石若さんは『JAZZ MOMENTUM 2024』(1月6日・7日開催)の音楽監督として、日本のオリジナル楽曲にフォーカスしていますが、そのアイデアはどのようにして?
石若
以前オーストラリアに呼ばれた時、『THE AUSTRALIAN JAZZ REAL BOOK』という譜面集を見つけたんです。ジャズミュージシャンの代表曲を1人数曲ずつ収めた譜面集で、アーカイブする意義を考えさせられました。日本にも素晴らしいオリジナル曲がたくさんあるのになかなか聴く機会がないので、今回紹介できればと思いついたんです。
森山
それは素晴らしいね。
石若
でも正直、2日間全4ステージじゃ全然足りなくて。
唐澤
1回80分だと難しい。短く演ってくださいとも言えないし(笑)。
石若
ただホントに素晴らしいメンバーが集まってくれたので本番が楽しみです。久しぶりの人もいて、僕はリハーサルの間、実家に帰ったような気分になってました(笑)。
唐澤
お正月だしね。ジャズミュージシャンってそういうところがある。親戚のおじさんと甥っ子みたいな。
石若
僕はちょっと前までは高校生、大学生で一番下の世代だったんですが、気づけば31歳になっていて、ジャズミュージシャンとしての責任も感じています。それはやはり継承の部分。上の世代のジャズを次の世代に手渡す役割、それをやりたい自分もいることに気づいたんです。
唐澤
若いミュージシャンとの間にクッキリと線が引かれてる印象があるよね。今の若い子たちは昭和の時代の手法やそれこそ曲そのものにしても、ホントに知らないんだよ。
石若
音楽の聴き方自体、まったく変わってますからね。一概に悪いことだとは言わないけれど、SNSにしてもコミュニティごとに聴いている音楽が違う。ただ僕が一つ気になるのは、それがSNSの世界で完結してしまってライブと離れた世界になりつつあること。これまで以上にリアルが大事だと感じます。
唐澤
その通りだね。僕もかなり深刻な状況になっていると思う。
森山
さっき駿が言った若手への継承はたしかに大切だけど、それはまだ上の世代に任せておいて、自分の音楽を追求していいと思うよ。駿は企画やしゃべりも含めて何でもできるけど、今はとにかく演奏すればいい。駿の叩く音、叩く姿こそが一番説得力を持っているんだから。