グラフィックで表現した
記憶や思い出の再体験が
未来への希望につながる。
パリ装飾美術館のアーカイブから選んだクラシカルな花や紋章、インドの職人による精緻な刺繍、アーティストの作品とコラボレーションした実験的なプリントなど、これまで様々な手法で美しい柄を作り出してきたドリス・ヴァン・ノッテン。パンデミックが続く中、春夏は「Greetings from Antwerp」と題したコレクションを発表。ホームタウンを見つめ直すことで新たに描いた未来のビジョンとは。
Q
アントワープをテーマにした理由と表現したかったことを教えてください。また、そこにはどんな思いが込められていますか。
A
私はアントワープに生まれ、アントワープで育ちました。この町は今でも私にとって“マイホーム”です。私は、外国からの多種多様な影響に対して非常にオープンでありながら、巨大な首都の狂気や混乱から何マイルも離れているこの町を誇りに思っています。
今シーズンは、私の目を通して、さらには色々な国から集まってきた私のデザインチームの新たな目線を通して、この町の多文化的な側面をコレクションの中に表現したいと思いました。チームのメンバーとこのコレクションについて話し始めたとき、いつも口にしていた言葉が“爆発(outburst)”でした。心の底から湧き上がる感情のエネルギー、喜びや楽しさの爆発ということです。
Q
コレクションの発表はデザイナーにとって感情表現の場でもあると思います。この春夏は「外に出られないフラストレーション」や「自由への回帰への強い思い」がファクターとのことでした。そのエネルギーをグラフィックとしてどう表現しましたか。
A
アントワープの町で撮影した写真をモチーフにすることで、この町の素晴らしいエネルギーに敬意を表しました。町の通りやクラブ、様々なアントワープの象徴的な街並みの写真を通してそのエネルギー全体を映し出し、それをシャツやセーター、コートの上にプリントしました。中には夜の街を高速で運転しているかのようなぼやけたタッチの写真もあります。そのほか、J van den Bouwhuysenによって1970年代にデザインされたアントワープ市の“A”のロゴをグラフィックプリントとして使用しています。
Q
今回一番気に入っているプリントや柄はどれでしょうか。
A
つまらない答えかもしれませんが、私はコレクションのすべてのプリント、柄が好きなのです。それらは私にとって不可欠なものですし、今シーズンはルーベンスやブリューゲルの作品からアントワープの中世の地図まで、多くのものから影響を受けています。すべてのプリントにはそれぞれのパワーや目的があり、その中の一つを選ぶことなどできません……。
Q
以前、「ファッションは常に進化していく必要がある」「驚きや新しさを加えなければならない」と語っていました。ステイホームを強いられながら、ホームタウンで驚きや新しさを表現する難しさはなかったのでしょうか。
A
ロックダウン中は制限ばかりで、フラストレーションのたまる非常に困難な時期でした。私たちは皆、自由に暮らすことができた当たり前の日常を強く望んでいました。何の心配もなく楽しく気ままに過ごしていた数々の過去の瞬間を思い出し、その記憶や思い出を再び体験する必要があったのです。
そして私たちは、このコレクションの中にかつての日常の様々な瞬間を蘇らせたいと考えました。グラフィックにはデザインチームのスマートフォンに保存されていたパンデミック以前の個人的な写真もたくさん使われています。かつてのように、大切な人たちとの喜びに満ちた未来を一足先に描こう!という発想です。
Q
昨日までの日常が突然失われ、明日にはまた別の世界が広がっているようなコロナ禍において、「過去」や「未来」という考え方に変化はありましたか。またドリス ヴァン ノッテンの未来をどのように思い描いていますか。
A
過去を取り入れることは、新しいアイデアを進めることと同じく前に進むために必要なことです。進化と革命は共存する必要がある。このコロナ禍の時代に、確かに失ったものもありますが、同時に新しい経験ができた機会でもありました。形式の変更を余儀なくされたデジタルでのプレゼンテーションは、私たちが今まで感じたことのないエネルギーや感情をもたらし、新しいクリエイティビティの形が生まれたのです。
ファッション全般の未来がどうなるかを予測することはとても難しい。ただ私たちにできることは、私たちを幸せにするものは何かをしっかりと心にとどめておくことです。私たちは本質的な核心に迫るクリエイティブな表現を人々とシェアし、常に影響を与え続けなければならないと思っています。