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「大切なのは“作る”こと」。料理研究家・土井善晴の父、土井勝が残した家訓

こんな子に育ってほしい、こんな人生を送ってほしい。親が愛情と希望を込めて我が子に伝えたことばは、家訓となって胸に残る。最も身近な人生の先輩から送られたメッセージに、子供は何を思う?

初出:BRUTUS No.898「ことば、の答え。」(2019年8月1日発売)

photo: Shinsaku Yasujima / text: Nao Harada

毎日の家庭料理から大切なことを学んだ

料理研究家としてテレビや雑誌などで活躍する土井善晴さん。父の土井勝さんも同じく料理研究家で、家庭料理家の祖と呼ばれている。勝さんは「おふくろの味」ということばを生み、旬のおいしさと家庭料理における日本の伝統的な暮らしの大切さを伝え続け人気を博した人物だ。

「父は子育てに関して放任主義、というより家のことは母任せで、自分は忙しくて構っていられなかったんだと思います。勉強しろとか、仕事を手伝えとか言われたことはありません。家では母が台所に立ちご飯を作ってくれましたね。

母は料理学校と家の両方で働いていて、祖母も独りで10人の子を育てた人。外の仕事と家(内)の仕事のどちらもおろそかにしなかったと聞いています。父の料理は家庭料理の“理想”または“憧れ”、母の家庭料理は“現実”です。今になって思いますが、土井家の“家庭料理を真ん中にした暮らし”は、間違いなく私の活動の土台になっています」

料理研究家・土井善晴と、父の土井勝
1979年、父・土井勝さんが料理学校の代表に就任し、食の交流旅行で中国を訪れた時の一枚。列車内で。

両親がそれぞれの立場で一生懸命に料理をする姿を見ていた善晴さんは、自然と父の仕事を追いかけるようになった。大学を卒業すると渡仏し、フランス料理を学んだ。帰国後、大阪の料亭〈味吉兆〉で日本料理の修業をしている時に、父の料理学校へ戻ることを余儀なくされた。料理人が作る懐石料理と家庭料理は、技術も目的も真逆。プロの世界にいた善晴さんが家庭料理にどう向き合うかが大きな壁となった。

「自らの意思で父を追いかけ料理の道に入りましたが、ずいぶん遠回りして長い時間がかかりました。ですが、おかげで料理の真価に辿り着きました。それが“一汁一菜”です。一生懸命に生きる女性のプレッシャーを軽くするために、家庭料理を初期化しました。具だくさんの味噌汁とご飯の食事でいいんです」

家族全員で囲んだ食卓の記憶から、勝さんと同じく、母親、女性への敬意を貫いた先に生まれた考えだった。

「人間は料理する動物。そして、料理は創造の始まりです。料理が新しい家族をつくる。“料理を作り、食べる”“作ってもらって、食べる”の無限の経験が人間を磨きます。それは、生きる喜びや生きていく力、人を思いやる豊かな情緒、幸せになる力です」

料理研究家・土井善晴