いいことばかりではない人生に、
いいことを見出す。
2018年に劇場公開された『ぼけますから、よろしくお願いします。』のことは今でもよく覚えている。
認知症を患った80代の妻を、90代の夫が介護で支える。夫はそれまで(つまり90年以上!)家事をしたことがなく、高齢なのでスーパーへ買い物に行くのさえ大仕事……という老々介護の現実も見ごたえがあったのだが、もっとも心に刺さったのは、妻が日々無力になっていく自分に嫌気がさし、「もう死にたい!」と泣きわめく場面だった。
認知症を患うと、ただ物忘れが激しくなるだけではない。それまで普通にできていた家事もできなくなってしまう。それでいて「世話する立場だったのに、世話されるばかりになった自分が情けない」という人間らしい自尊心は残っている。
「認知症を患っていても、人格を持った一人の人間なのだ」という当たり前の、しかし見落としていた事実を彼女の叫びに見て、ショックを受けたのだった。
その続編が『ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜』だ。前作の振り返りを挟みつつ、前作以降の家族の姿を、娘の信友直子監督が映し出す。
妻の認知症はますます進行し、さらには脳梗塞を発症して入院、もはや言葉を発することさえ困難な状態だ。夫は98歳になったが、それでも妻を支え続ける。そこへコロナ禍が襲いかかる。
はたから見ると限界とも思える状況のなか、夫も、そして娘の信友監督も、常に妻/母を「一人の人間」として扱い、意思疎通を図り続ける。ある場面で、その意思疎通が見事に実を結ぶ。それまでは表情にあまり変化のなかった妻が、その場面では感情をあらわにして声を上げるのだ。
「どれだけ認知症が進行しても、相手は感情を持った一人の人間であることを忘れてはならない」と、前作に引き続いて教えられた気がした。
認知症を患うこと、介護することの現実だけでなく、そのことが持つ「可能性」まで見せてくれるドキュメンタリーだ。