紅茶界のキーパーソンが教える、おいしさの見極め方
世界の紅茶で最も高値で取引されるのがインド・ダージリン産。その販路はふたつに分かれる。まず、過半数を占めるオークション。もうひとつは、農園と買い手の直接取引、通称プライベートセールだ。
J・トーマス社はインド北東部のコルカタにあって世界で最も長い歴史を持ち、取り扱いの質量ともNo.1という名門オークション会社。カティヤルさんはその指揮官として無数のサンプルを試飲し、オークションのスタート値段を提示してきた。紅茶の値段を決める男、とは別に大袈裟ではない。その彼に聞いてみた。
BRUTUS
まず、扱う紅茶について教えてもらえますか?
クリシャン・カティヤル
茶葉には同じものはふたつとしてない。ダージリンを例にとってみよう。ここには80以上の農園があり、同じダージリンでも生み出される紅茶はすべて違う。さらに、ひとつの農園でもロットごとに風味は変わる。だからオークションでも、取引はロットごとだ。サンプルの試飲もロット単位だが、最盛期には1日1000杯は見る。
BRUTUS
その試飲というのは?
カティヤル
ひとつのストーリーのようなものだ。茶葉を見るところから始まり、香りを嗅ぎ、最後に味わって判断し、完結する。ほとんど一瞬だが、その密度は濃い。
BRUTUS
なるほど。ではその目的から、もう少し詳しく教えてください。
カティヤル
試飲の目的はふたつ。ひとつはサンプルの質を鑑定し適正価格を決めること。茶葉には農園の個性と、そこを統括するマネージャーの仕事が表れる。たとえば、標高はどのあたりの農園なのか。さらに農園内でも区画により風味は変わる。
日照、畑の斜度、方角、土壌、すべて違うからだ。ワインでいうテロワールと何も変わらない。さらに収穫のタイミングや加工の仕方でも違う。生産者ごとに個性があるという意味ではワインに似ている。だけどワインが年1回の収穫なのに対し、紅茶は1農園でも年間100以上のロットが作られるのは当たり前。そのすべてが異なるんだよ!まぁ、とはいってもその農園ごとの特徴は共通して出ているのが面白いところだ。
BRUTUS
では試飲のもうひとつの目的というのは何ですか?
カティヤル
それは売り先を決めることだ。
BRUTUS
でも、オークションなら売り先は落札者でしょう?
カティヤル
その通り。だが取引はオークションだけではない。プライベートセールなら、どの消費国のどんな買い手にその茶を売るのがいいかを農園にアドバイスしたり、逆に買い手を紹介したりもするんだ。
BRUTUS
つまり単なる鑑定だけじゃなく、取引全般に関わるんですね。
カティヤル
それだけではない。農園には生産方法までリクエストする。どう茶樹を育てるか、製茶をするか、という様々なファクターについて、ここをこうすればよい、と具体的にアドバイスするんだ。コンサルティングに近いかもしれないね。ひとつ例を挙げよう。
たとえば90年代半ば頃までファーストフラッシュはドイツが最も大きな市場だった。彼らはグリーンな香気を好み、そうしたサンプルをまとめて買っていた。だが、より広く買い手を集めるためという視点で、私は農園に作りを変えるように提案した。緑っぽさを抑え、ファーストらしい新鮮味を残しつつマイルドな仕上げにね。最終的にダージリンの農園の8割以上がこの提案を実践した。
こうして生まれた新しいサンプルは、他のバイヤーも次々と競って買うようになった。今、日本に入っているファーストはほとんどこのタイプだよ。紅茶も、飲み手の求めるものを知り、その方向性に合うものを、与えられた条件下で作ることが大事だ。
BRUTUS
近年、変わってきたことは?
カティヤル
この10年でも紅茶の質はどんどん向上している。消費者も産地に興味を持つようになってきた。好奇心は知識へと変わる。これは生産者サイドにとってもよい流れだ。紅茶も元は小さな1枚の葉だ。これが人を喜ばせるものへと変わるために何ができるんだろうか。それをいつも考えているよ
BRUTUS
最後に教えてください。本当においしい紅茶とは何ですか?
カティヤル
味でも香りでも多様な要素を持つこと。といっても、何かが勝ちすぎていてはベストとはいえない。いくつもの魅力的な要素が最適のバランスで組み合わさったもの、それが本当に素晴らしい紅茶だ。