「登場人物に愛着を持ってしまったら、作品との別れ際は尾を引くというか、“あ、終わっちゃったな”って心地よい寂しさが残る。そういう“ロス”になる気持ちよさみたいなものが、沁みると言えるものなんですかね?」そう語るのは、2024年に『夜明けのすべて』が公開された三宅唱監督だ。
「それで言うと、自分でも意外だったのが、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』。僕はインディというキャラクターにも、あのシリーズにも、ほとんど興味がなかったんですよ。始まってしばらくは、“あ、またどんくさい戦いを電車でしているな”って感じで、むしろ好きではなかった(笑)。
だけど、いつの間にか愛着を持っていたんでしょうね、最後でインディの夢が叶ってしまった時には、“おめでとう!”って気持ちで幸せすぎて泣きに泣いて、終わった後はすっかりロス。実人生でそこまでの経験をしようとすると、かなり時間がかかる。少なくとも初対面で嫌いだった人を、2時間とかで泣くほど好きになるのは難しい。そういう映画ならではの特殊な体験が、沁みるなのかもしれません」
謎の力を持つ秘宝「運命のダイヤル」をめぐり、考古学者のインディ・ジョーンズと元ナチスの科学者の世界を股にかけた争奪戦を描く。主演のハリソン・フォードは40年にわたり演じてきたインディ役を引き続き熱演。
そんな三宅監督自身は、沁みる映画を作ろうと考えることはあるのだろうか。問いかけると「いや、ないですよ」と苦笑を浮かべつつ、「でも」と言葉を継ぐ。
「登場人物が映ってない風景ショット、つまり“実景”を撮る時は……というか現場でいくつか撮っておいたものから、どれをどこで使うか考える時は、観ている自分がそういう沁みる感情を抱くかってことを、もしかしたら気にしているかもしれません。
実景の面白さって、観ている人が勝手に感情を仮託できるところにあると思うんですよ。やがて“寂しい”とか“悲しい”という言葉に回収されていくのかもしれないけど、まだそういう形にはなってないモヤモヤした感情を、ふと受け入れてくれるというか。それがつまり、沁みるってことなんですかね」
確かに、『夜明けのすべて』は要所で挿入される街の風景が印象に残る。リズミカルに場面を転換するだけでなく、観る者の心に寄り添ってくれるような余韻がそこにはある。
「最近の邦画だと五十嵐耕平監督の『SUPER HAPPY FOREVER』や太田達成監督の『石がある』には、一度観たら忘れられないような実景がありました。どちらも水辺が舞台で、波の音や川のせせらぎなど水の音が聞こえる点にも、つい沁みてしまうカギがありそうです」
幼馴染みの佐野と宮田は5年ぶりに海辺のリゾートを訪れる。佐野はかつてこの地で出会った女性と結婚したものの、彼女は最近亡くなったらしい。その喪失感を埋めるように佐野は彼女の帽子を捜すが……。山本奈衣瑠らが出演。監督は『息を殺して』などで知られる五十嵐耕平。
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
「どうやら自分は、水辺に沁みがちらしいです(笑)」と得心した三宅監督。実際、『夜明けのすべて』にも山の麓で波打つ夕暮れの海辺の実景が登場する。「だったら」と挙げてくれたのは、ジャック・ロジエ監督の『アデュー・フィリピーヌ』である。1960年を舞台に、兵役を間近に控えた青年と、仲良しの女性2人組が、コルシカ島で過ごすひと夏をみずみずしく活写したバカンス映画だ。
「この映画は、船に乗ってコルシカ島を立ち去る青年と、港から手を振る2人の女性らを何度もカットバックするんです。だから、海が描かれるのはもちろん、魅力的な登場人物たちに対して観ているこちらも“バイバーイ!”と気持ちよく手を振りたくなると同時に“ロス”も押し寄せる。忘れがたいってことは、今も沁みてるんだと思います」
重度のPMS(月経前症候群)による月に1度のイライラに翻弄される藤沢さんと、パニック障害のせいで心を閉ざした山添くんが職場で出会い、互いに歩み寄る姿を描く。バンダイナムコフィルムワークス/4,180円(DVD)。
三宅唱さんが思う、「沁みる」の正体
登場人物に愛着を持つと、観終わった後に心地よいロスになる。
人物だけでなく、風景が沁みることもある。
