1960年代に本格的に活動を開始し、60年以上、具象画に取り組んできたデイヴィッド・ホックニー。その手は休まることがなく、86歳となる今も日々絵と向き合い続けている。
日本では実に27年ぶりとなる大規模個展をいち早く体験してもらったのは、自身の作品でもたびたび彼のポートレートを描いているアーティストの長場雄さん。長場さんがホックニーと出会ったのは10代の頃に遡る。
「美術予備校時代にホックニーを知って手にしたのが、旅したエジプトの風景を描いた2002年のドローイング集『Egyptian Journeys』。あどけなさのある自由なタッチで、衝動的に描かれた作品群に惹かれました」
個展の前半にある20代での初期作《一度目の結婚(様式の結婚Ⅰ)》に、その源流を見たという長場さん。
「大きなキャンバスに向かう緊張感を残しながらも、臆することなく勢いで描かれていて、描写の抜き差しのバランスがすごくいいなと。60年代の作品ですが、イメージはエジプトのシリーズにも近くて。まさか実物が見られるとは思いませんでした」
また、それとは対極のタッチながらも、身近な2人の肖像を一画面に描いた、70年代のダブル・ポートレートシリーズにも惹かれるという。
「《受胎告知》から構図を引用したり、純潔や母性を象徴するユリと気まぐれや奔放さを表す猫を対比的なモチーフとして配置したり、窓や鏡といった絵画における伝統的な要素も取り入れて、真正面から絵に取り組もうという時代だったと思うんですよね。絵自体も何度も描き直していますし、ほかのシリーズと比べても、キャンバスに自分の思いを詰め込みたいという気概を感じますね」
さらに50枚の絵をつなぎ合わせた《ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作》では、壁一面という巨大さによって、自然の中に佇むような没入感を味わえる。
「後期の作品はタッチが軽やかで、大胆。のびやかな筆跡を追うだけでも気持ちがいいですよね。この作品も、視点を50枚に分割するようにして描かれていますが、膨大な仕事において一貫して、西洋の一点透視的なパースペクティブに疑問を持ち、目に映った身近な世界を、それとは異なる視点でどう二次元の平面に落とし込むかを追求し続けてきた。その姿勢にも、改めて感服しました」
変わらぬ探究心に学ぶ
FaxやPCと、時代のメディアを道具として活用してきたホックニーは、2010年の発売直後からiPadを用いた制作も行っている。拠点とするノルマンディーの四季を描いた長さ90mの大作など、その最新作は圧巻だ。
「iPadが一台あれば、大きなキャンバスも筆も持って出なくていい。道具の制約から解放された時代の風景画は、より絵に集中して、自然との対話を楽しんでいるように感じます。かつて“カラヴァッジョやフェルメールも、カメラ・オブスキュラなどその時代の最新機器を使って制作をしていたのではないか”とホックニーは検証していますが、iPadのさらに先のMidjourneyやAIによる絵を、彼がどう考えるのかにもとても興味がありますね」
見応えたっぷりの個展でアップデートされたというホックニー観を、様々な視点で語ってくれた長場さん。
「長年変わらぬ絵画への探究心、その強さに学ぶところは大きいですね。それとともに、ただ眺めるだけでも気持ちがいいという絵のポップさを外さないのもすごさだと思います」