Talk

Talk

語る

今最も危険な監督、上出遼平が自身のドキュメンタリーについて語る

テレビ東京ディレクターの上出遼平さんは、今最も危険なドキュメンタリー監督と言っても過言ではない。その過激さは代表作『ハイパーハードボイルドグルメリポート』を観れば一目瞭然だ。そんな上出さんの謎めいた人物像に迫る。

Photo: Masaru Tatsuki / Text: Keisuke Kagiwada

「テレビが引いた善悪の線を
壊したいんです」

BRUTUS

危険地帯に暮らす人の食事を見せてもらうという『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の企画はどう生まれたのですか?

上出遼平

僕が入社した2011年頃は、「外国系」の番組が急増しているタイミングで、学生時代によく海外に行っていた僕は、そういう番組に携わることが多かったんです。その一つが、『世界ナゼそこに?日本人 〜知られざる波瀾万丈伝〜』。

現地で暮らす日本人に出会う前の冒頭15分くらいで、その国の面白さを見せるというブロックがあったんですが、そこで「どうしたら誰も見たことがないものが撮れるか?」と考えた結果、シンプルに観光客はもちろん現地の人も近づかないような場所に足を運び始めたんです。それで世界中の危険な場所や、汚い場所、怪しい場所などを巡るようになっていきました。

まぁ、必死だったんでしょうね。人様の番組ではあるけれど、「上出だから撮るよね」っていうものが欲しかった。

B

「誰も見たことがないものを撮る」というモチベーションが『ハイパー〜』として結実したと。

上出

あと、中学の終わり頃から少し素行が悪化していたことも関係していると思います。今にして思えばいくつか思い当たる理由がありますが、当時は自分がなぜ逸脱しようとしているのかわからなかった。

だけど大学で法学部に入り、少年非行を研究するうちに「困ったやつは困っているやつかもしれない」という考え方を知って、膝を打ちました。「あぁ、自分は困っていたのかもしれないな」って。それで自分を少し許せたし、ほかの非行少年に対する見方も変わりました。

その経験は確実に『ハイパー〜』にもつながっていて。実際、あの番組の第1弾に登場する人はほぼ全員が殺人者なんです。その意図は「悪とは何か?」と考えたとき、ほとんどの人が疑いの余地なく悪と認定する行為は殺人だったから。

テレビは殺人=悪という線引きをするけど、それは思考停止ともいえる。自分の経験と照らし合わせて、その線引きを壊したいという考えもあって、悪い(とされる)やつらと飯を食う番組を始めたんです。

B

リベリアの元少年兵が暮らす墓地やケニアのゴミ山など危険地帯に踏み込む際心がけているのは?

上出

どんな相手に対してもビビらないということはあります。ビビったら獲物と認識されるので。日本の山に入るとき、熊と出会うリスクを考えなければなりません。熊に遭遇したときの最悪の選択は逃げること。逃げたら追われますから、デーンと構えるしかない。それに近いですね。

ただ、ビビるべきときにビビれることも大切。遊び半分で危険地帯に行けば殺されかねません。だから、意識としては恐れるんですけど、肉体としては恐れてはならないというか。

あと、僕は『ハイパー〜』で取材した、自分の力で生きているような人を自然とリスペクトしてしまうんです。それも山に入って自分の無力を痛感する中で得られる感覚かもしれません。同情や哀れみではない、そうした姿勢も大事なのかなとは思います。

B

世界の窮状を訴えるドキュメンタリーは数多く存在しますが、『ハイパー〜』は普段からそうした作品に興味を持っていない人にも届いている気がします。

上出

バラエティの作法を持ち込んでいるからだと思います。番組冒頭で「〇〇という場所に◯◯な人がいるらしい。何を食って生きているのか?」というQを提示する筋立てはバラエティの基本構造なんです。あとは、POVに近い不安定な没入感を促す工夫をしていたりもします。

ドキュメンタリー『ハイパーハードボイルド グルメリポート』

より没入感のある
ポッドキャストの可能性

B

今年からは『ハイパー〜』のポッドキャスト版も始まりました。こちらの取材先は国内限定ですが、右翼と左翼の活動家など、取材対象者はテレビ版に劣らず強烈です。

上出

音声にはもともと興味があって、ちょうどコロナ禍で海外取材に行けなくなったので始めました。音声だけの面白さはいっぱいありますが、一番は相手の構え方が違うこと。やっぱりカメラを向けてない方が、ナチュラルな声が現れやすい。

ただ、それが完全にいいとは思ってはいません。カメラを向けられている人間ならではの振る舞いに浮き出る自意識の面白さもあるので。没入感は映像よりもありますね。スクリーンを介さず、鼓膜に直なので。

B

『ハイパー〜』では、どの回も対象が「どう生きているのか?」に肉薄しています。その点、『家、ついて行ってイイですか?』内で放送された、パンクバンド・オナニーマシーンのイノマーさんの闘病生活に密着した映像は、生の先にある死をも描いた衝撃作でした。

上出

イノマーさんとは中3くらいからの知り合いですが、ある日突然、マネージャーから電話がかかってきて「イノマーががんになったから撮ってよ」と言われて。最初は嫌だなぁと思っていたんですよ。絶対大変だし。

でも、生前最後のステージに満身創痍の状態で立つ彼の姿を見て、こっちも気合入れてやらなきゃと思いました。あのライブを超えるものには生涯出会わないと思います。

B

この番組には、イノマーさんの死の瞬間が映っていますが、社内的な圧力はなかったのですか?

上出

ちょっとありましたね。ただ、そういう瞬間を映しちゃダメという法律や条例はないんです。すべて自主規制。じゃあ、その規制は何のためにあるのか。
一番多い答えが、スポンサーのため。それ自体が悪いとは思いませんが、やっぱりテレビは思考停止に陥っているなと思います。

ドキュメンタリー『家、ついて行ってイイですか?特別編…ステージで命を燃やし尽くした男の記録~』

B

波帯”を利用して、ヒップホップグループのDos Monosとタッグを組んだ謎多き番組『蓋』も始まりました。渋谷中の監視カメラやドラレコをハックしている人物のPC画面が映っているだけという、ドキュメンタリーともフィクションとも言えそうな番組です。

上出

あれはもともとDos MonosにMV制作の依頼をされたところから始まっているんです。せっかくだから地上波を使って面白いことをしようということでスタートしました。

僕は事実と虚構の境界を常に考えているんです。というか、ドキュメンタリーをやっていればその境界をどう認識するかが常に問われます。そしてそれを突き詰めていくと、モキュメンタリーをやらざるを得ない。

『蓋』はみんながカメラを持てる時代だからこそ生まれたモキュメンタリーだと言えると思います。

ドキュメンタリー『蓋』