文・高木教雄
W&W開催前にとある時計メゾンのCEOにインタビューした際、「今、市場が求めているのは、ヴィンテージスタイル」だと語っていた。それを証明するかのようにジュネーヴで発表された新作の多くは、クラシカル路線に舵を切っていた。
その傾向は、ラグジュアリースポーツウォッチ一辺倒からの脱却を試みた昨年すでに始まっていたが、今年はさらに顕著になったように感じる。それに伴い、ケースの小径化も進んだ。小ぶりなケースの台頭は、おそらく金相場の高騰による時計価格の上昇を抑制することも目的の一つにしているのだろう。そして小さなネオヴィンテージウォッチは、デザインとカラーリングで各社個性を競い合っていた。
そんな今年の傾向を象徴するのが、〈A.ランゲ&ゾーネ〉から登場した34㎜径の「1815」。そのダイヤルに用いられたブルーは、一昨年までのグリーンに代わるトレンドになりつつある。ただブルーといっても、色合いや表現は今まで以上に多彩だ。〈シャネル〉は、新たなセラミックの開発で深遠なブルーをケースにまとわせた。
またこれまでブルーダイヤルの主役だったネイビーではなく、淡いブルーが〈ショパール〉や〈グランドセイコー〉〈パルミジャーニ・フルリエ〉など、いくつものブランドから登場したのも、新たな風潮である。さらにブルーに限らず、ピスタチオ、サーモンピンクといったニュアンスカラーのダイヤルも多数登場している。〈ピアジェ〉に代表されるストーンダイヤルも、かつてないほど多かった。
超大作と呼べるコンプリケーション(複雑機構)ウォッチや革新的な新ムーブメントも散見されたが、どちらかといえば今年は外装に注力されたとの印象が強い。そして各ブランドのショーケースは、例年以上に華やかであった。
外装への注力は昨年、減少に転じた時計市場への対策だとの声も聞かれる。皮肉なことに世界を襲ったパンデミックは、時計界に好景気をもたらした。高級時計の資産価値に強い関心が寄せられ、投資という側面が強くフォーカスされたからだ。しかしコロナ禍から脱却したと多くの人が実感したであろう一昨年末あたりから、時計のセカンダリーマーケットは落ち着き始めた。
高騰の時代がしばらく続いた時計市場は、平静を取り戻そうとしている。ヴィンテージスタイルの要望は、まっとうな時計ファンからの声なのであろう。そしてケースの小径化は、“時計は金庫にしまっておくものではなく、毎日に身に着けるものだ”とのブランドからのメッセージであるとも、受け取れる。
順調に時計市場が成長し続けてきた中国・香港マーケットは、昨年マイナス成長となった。スイス時計産業にとって最大のマーケットであるアメリカの現政権は、スイスからの輸入品に最大31%もの追加関税を課す、とW&W期間中に発表した。時計業界全体を見ればネガティブな状況であるが、日本の時計ファンにはポジティブに働く可能性もある。昨年約8%のプラス成長だった日本への割り当て分が、増えると考えられるからだ。円安傾向も相まって今年の後半からは、日本が世界の時計トレジャーハンターの目的地になるかもしれない。
