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ロンドン・パンクファッションの始まり。原宿〈A STORE ROBOT〉カルチャーの震源地へ Vol.2

ロカビリー、パンク、アメカジ……。今となっては馴染み深い、海外由来のファッションジャンル。それらが日本に根づいた背景には、いつだって初めて取り入れたお店の存在がある。起源を求めて、いざ、“始まりの店”へ。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Keisuke Kagiwada

〈セディショナリーズ〉が東京に上陸したワケ。

70年代後半のロンドンにおけるパンクムーブメントは、一つのブティックで産声を上げた。マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドが運営していた〈セックス〉である。なんせマルコムが店にたむろしていたゴロツキたちを捕まえて結成させたのが、かの有名な〈セックス・ピストルズ〉なのだから。

その際、バンドメンバーに身に着けさせていたのが、〈セックス〉で販売されていた〈セディショナリーズ〉だ。挑発的なデザインのボンデージパンツやモヘアのニットは、パンクファッションのイメージを決定づけたと言っていい。

しかし、家内制手工業スタイルで作られた〈セディショナリーズ〉が正規ルートで日本に渡ってくることはなく、70年代の終わりとともにブランドは幕を閉じたのであった。

そんな伝説的なブランドを日本で初めて復刻したショップが、〈A STORE ROBOT〉だ。ロンドンのファッションをインポートすべく1982年にオープンした同店は、自身のブランドを立ち上げる前のヴィヴィアン・ウエストウッドとの知己を得たことで、〈セディショナリーズ〉を復刻販売する権利を獲得。

かくして、日本上陸した〈セディショナリーズ〉、そして、同じくロンドンのシューズメーカー〈ロボット〉から輸入したラバーソウルは、パンクキッズのみならずファッションを愛する多くの若者たちから支持された。

創業30周年の折に、当時から常連だったという藤原ヒロシが寄せた言葉からもそれは伝わってくる。いわく、「“東京と世界”、“ストリートカルチャーとモード”、が交わる拠点、始まりがこのお店」。

今も〈セディショナリーズ〉の復刻を続けてはいるが、決してそこにあぐらをかいているわけではない。

2000年代に入ってからは、日本が誇るテクノポップバンド〈プラスチックス〉の中西俊夫と〈TYCOON TO$H〉を始めたり、まだキャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツで卒業制作を発表したばかりのキム・ジョーンズを世界で初めてサポートしたり、常に新しい風を店内に吹かせ続けている。

そのアティテュードは、さまざまなジャンルと融合しながら進化を続けるパンクそのものだ。