日本の作家の作品を世界に。
辿り着いたのは映画化だった
講談社出身の編集者・三枝亮介さんと、外資系金融機関出身で世界各地で仕事をしてきた寺田悠馬さんの出会いは2013年。三枝さんは12年に講談社を退社し、クリエイター・エージェンシー〈コルク〉を共同設立した。そこに海外から帰国した寺田さんが経営担当として参画。しかし「会社が大きくなるにつれて、社員の育成やSNSの活動など、役員として課せられる仕事が増えたんです。でも僕らは、ただ天才的な作家と話し、要望があればいつでも応えられるよう感性を研ぎ澄まし、一緒に作品を作り、世界に届けることに集中したかった」(三枝さん)。
17年に〈コルク〉を離れ、2人でCTBを創業した。三枝さんが講談社時代に編集者として担当した阿部和重、伊坂幸太郎、田中慎弥、蓮實重彥、深水黎一郎ら、作家の海外著作権を扱うエージェントだ。
伊坂作品の英訳出版のため、
一路、ニューヨークへ
そんな2人が伊坂幸太郎の小説『マリアビートル』を原作としたハリウッド映画『ブレット・トレイン』に原作エージェント、エグゼクティブ・プロデューサーとして携わることに。そこに、どんな物語があったのか。
「もともと、伊坂さんの作品はハリウッド映画向きだとは思っていました。でも最初から映画化に向けて動いたのではありません。当初の目標は英訳出版。伊坂さんの作品はアジアでは人気でしたが、英訳はほとんどない状態でした。映画化は、出版されてベストセラーになればいずれされると」と三枝さん。
実は英訳出版は、講談社時代の2000年代後半から企てるも、実現しなかった悲願だった。「まずは質のいい翻訳版を作ることが第一。村上春樹さんの英訳も手がけるフィリップ・ガブリエルさんに2作ほど翻訳を依頼。一方で寺田は、NYの出版社とのコネクションを作っていました」
そして15年、良質な伊坂作品の英訳を2つ携え、意気揚々とNYへ。しかし出版のオファーはゼロ。三枝さんが当時を振り返る。「非常に落ち込みました。でも振り返れば、翻訳をちゃんと読んでもらえたかも怪しい」。ほかに選択肢がない中で、活路を見出すべく飛び込んだのがハリウッドだった。
ハリウッドの流儀を学び、
プレゼンの1週間へ
NY出張の翌16年に2人はハリウッドへ。プレゼンで手応えを得、『マリアビートル』映画化の準備に入る。だが、最初は翻訳を有名プロデューサーに送ればいいと思っていたという。面白いのだから、読んでくれさえすれば手が挙がるだろうと。「今ならわかりますが、彼らは知らない作家の500ページの本なんか読まない。当時はそんなことさえ知らずに行ったんです。
たくさんの人に会って話を聞いてわかったのは、映画会社に売り込むために必要な2点。一つは原作を忠実に要約した『カバレッジ』。A4で3枚ほどの簡単な企画書です。もう一つは『テイク』。こちらは物語を2時間の映画にする場合のプロットで、通常脚本家が作り、口頭で短くプレゼンするためのもの」と寺田さん。
2人はこれを『ゼロ・グラビティ』や『ハンガー・ゲーム』など大ヒット作のカバレッジを参考に、脚本家に任せず自分たちで作った。
「僕は編集者だから小説の要約には慣れていました。それに、蓮實重彥さんの担当編集者として、不遜ながら、映画プロデューサーに負けないくらい映画を観てきたという自負もある。ハリウッドの流儀はわからなくても、原作の魅力を誰よりも知っているからこそ、僕らで作った方がいいと思えたんです」と三枝さん。
「手探りだったので、できたのはカバレッジとテイクが一体化したものだったんですけどね」(寺田さん)
こうして作り上げたカバレッジ&テイクを手に、17年、再びハリウッドへ。1週間、映画会社を回って寺田さんが口頭でプレゼンし、原作の魅力とアジアでの人気をアピール。三枝さんは日々反応を聞いて資料を改稿し続けた。そしてついにオファーが!
「めちゃくちゃ嬉しかったです。この時は現地にいる間にオファーが3つも来て、決まる時はこういうふうに決まるものなんだな、と。夢が叶った瞬間でした」と三枝さん。「プレゼン後も毎晩2人で食事をしながら反省会。いい結果が出るのは、これだけやり切った時なんだと実感しました」と寺田さん。
3社の中からソニーと契約に向けて合意した。だが、それで終わりではなく、2人は映画製作にも携わる。「カバレッジとテイクを自分たちで作ったことで、映画製作にも役立つと思われて。原作のエージェントに加えてエグゼクティブ・プロデューサーとしても契約し、監督、脚本家、キャストなどの決定にも関わりました。やっぱり“主演がブラッド・ピットに決まったよ!”っていう電話が一番印象に残っています」(三枝さん)
18年には2人でLAに拠点を移す(20年に三枝さんは帰国、寺田さんはNYに)。製作期間を経て21年にはLAで初号試写が、今年8月にはワールドプレミアが行われた。どちらにも参加したのは、2人が大きく貢献した証しだ。映画は10月末現在、世界で2.4億ドルの大ヒット。そして、オリジナルの「カバレッジ&テイク」の評価も高く、次のハリウッド映画の話も複数、進行中だという。(そのうちの一作はアン・ハサウェイとサルマ・ハエック主演の伊坂幸太郎の小説『シーソーモンスター』。Netflixにより制作が進められ、三枝さんと寺田さんはプロデューサーとして参加していることが報道されたばかり。)
翻訳版はといえば、映画製作中に、英国の名門出版社からサム・マリッサ訳の原作英訳版が発売されたのに端を発し、各国語で翻訳版が出版、現在19ヵ国語に上る。さらに、英訳版は英国推理作家協会賞の翻訳部門にもノミネートされた。
ジャンルを問わず、2人が
面白いと思う仕事をする
ここまでは、紆余曲折を経たアメリカンドリームの成功譚。だがCTBの仕事は、それだけではない。実はハリウッドでは、映画会社と契約しても、予算を得て製作に至る作品は数パーセント。それを知るアメリカの出版社は、本作の映画化契約を知った段階ではまだ翻訳出版に興味を示さなかったという。製作時間もかかる。本作でも、合意から契約まで1年以上、製作開始まで3年を要した。その間、2人が本作だけに取り組んでいたわけではない。
11月15日発売のBRUTUS 『Who’s Next?2022』では、三枝さんのライフワークであり、この間並行して作ってきた『クリエイターズ・ファイル』や他の契約作家との取り組みについても紹介している。
CTBの次を生み出す仕事術
1. コミュニティ作りより、作品作り。
2. 暇を作って、情報を受け取る感度を研ぎ澄ます。
3. ジャンルにとらわれず、面白いと思う仕事をする。
4. 「面白そう」と思うことに100%の力で取り組む。
5. できる限り人を介さず、少人数でやる。