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ミシュラン一つ星レストランが手がけるベーカリーは、なぜクロワッサンに情熱を注ぐのか?

「クロワッサンがおいしいパン屋さんは間違いない」。その信念のもと、20227月に東京・表参道に開業したベーカリーがある。ミシュラン一つ星レストラン〈LATURE〉が手がける〈MONICA〉だ。その初心を貫くべく、日々クロワッサンづくりに励む〈LATURE〉のオーナーシェフ・室田拓人さんとシェフパティシエの橋本将樹さん。彼らがそれほどまでに情熱を注ぐ理由とは?またそんな2人に、クロワッサンがおいしい東京の名店を教えてもらった。

photo: Shin-ichi Yokoyama(MONICA), Jun Nakagawa(bricolage bread & co., Pain des Philosophes) / text&edit: Koji Okano

クロワッサンに絶対的な自信をもつベーカリー

「ジビエ料理の名手」といわれる室田拓人シェフが腕をふるう、フレンチレストラン〈LATURE〉。このミシュラン一つ星店が2022年7月に立ち上げたベーカリーが、同じビルにある〈MONICA〉だ。

一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込むのが豪華な惣菜パンの数々。鴨肉のパテを挟んだパテ・ド・カンパーニュバーガーや、大エビの頭付きフライをのせた海老フライのヴィエノワなど、レストランらしいごちそうの詰まったサンドイッチが存在感を放つ。

その豪華なルックスは、橋本シェフが「店一番の看板商品」と呼ぶクロワッサンの存在を掻き消してしまうほど。しかし芳醇なバターの香りは訪れる客の心を捕らえてやまず、開店と同時に、クロワッサンの棚には大きな空きができる。

〈LATURE〉の食事用バゲットなど、日々さまざまなパンを焼く橋本シェフ。そのなかでも、クロワッサンにかける思いはひとしおだ。

「濃厚なバターの風味と繊細な生地の層を楽しんでもらうためには、さまざまな工程に注意を払わねばなりません。クロワッサンの完成には丸2日がかかります。もっとも大変なのが、生地に織り込んだバターが溶けないように、冷蔵庫で何度も休ませながら根気よく生地を3回折り込む作業。僕は本業が細かな仕事を求められるパティシエなので、精緻にきっちりと生地を折り込むことができるんです」

東京・日野〈Patisserie du Chef FUJIU〉、千葉・流山〈LES TEMPS PLUS〉ではパティシエの修業と同時に、パン職人の経験も積んだという橋本シェフ(左)。室田シェフ(右)とともに、〈MONICA〉を切り盛りする。

橋本シェフの丁寧な折り込みの賜物だろう、〈MONICA〉のクロワッサンは中身の生地の層がごく薄い。またしっかりと発酵バターが溶け出しているのに食感は軽いから、毎日でも食べられる一品なのだ。このクロワッサンをひと口食べるだけでわかる、橋本シェフの実力。その他のパンの味わいにも期待を抱かざるを得ないのだ。

オムレツとベーコンをのせたクロワッサンや、ルッコラと生ハムを挟んだサンドイッチなど。バリエーション豊かな展開が可能なのは、基本のクロワッサンがしっかりとしているから。

またフランスの伝統的なデニッシュ「クロッカン・オ・ザマンド」など、クロワッサン生地を使ったヴィエノワズリーも揃うので、食事系からお菓子系まで、いろいろ試してみたい。

〈MONICA〉は〈青山学院大学〉近くの小道にある

室田シェフ、橋本シェフがおすすめするクロワッサン

「クロワッサンがおいしいパン屋さんは間違いない」と言い切る室田シェフと橋本シェフ。ではそんな2人が、日頃から愛してやまないクロワッサンとは?東京都内で、おすすめの店を教えてもらった。

まず室田シェフが挙げてくれたのが、東京・六本木〈bricolage bread & co.〉。東京・西麻布のガストロノミーレストラン〈L'Effervescence〉直営のベーカリーだ。

「全粒粉を使用したこちらの店のクロワッサンは、香ばしい麦の香りと豊かなバターの香りのバランスが絶妙です」と、室田シェフ。マネージャーの河本将さん曰く、クロワッサンは一番の人気商品で、1日に6回ほど焼きたてを提供しているのだとか。

パン職人でもある、マネージャーの河本さん。ちなみに〈bricolage bread & co.〉で使用する小麦は国産のみ。

「北海道産キタノカオリの全粒粉を60%くらい使用しているために、生地は小麦の風味だけでなく甘味も強いんですよ」。さらにここに旨味を加えるべく、自家製の天然酵母を用いているという。

表面には全粒粉パン特有の香ばしい焼き目と自家製ルヴァンの旨味が漂う一方で、中はジュワッと、とろけるような歯ざわり。その対照的な食感も楽しい、多面的なおいしさに満ちたクロワッサンだ。

〈bricolage bread & co.〉は、六本木ヒルズ けやき坂テラスに立地する。

続いて橋本シェフのおすすめ。「生地の層が繊細で、一体感があって、口溶けもいい。僕にとって永遠に理想のクロワッサンで、常に憧れている味わいです」と手放しで絶賛するのが、東京・神楽坂〈Pain des Philosophes〉のクロワッサンだ。

〈Dominique SAIBRON〉でシェフ・ブーランジェを務めた榎本哲さんが、2017年に開業した〈Pain des Philosophes〉は、バゲットやカンパーニュといった食事パンのみを扱うベーカリー。

「生地そのものの味わいを追求したいから」と話す榎本シェフのクロワッサンは、外はサクッと、中はバターが滴るかと思うほどジューシーだ。上下から火入れできる平窯で焼くために生まれるという相反する食感は、シンプルに小麦の味わいとバターの芳醇さを楽しむには最適な仕上がりといえるだろう。

榎本シェフ。東京・赤坂〈patisserie peltier〉勤務時代には、低温長時間発酵のパイオニアと呼ばれる志賀勝栄シェフに師事した。

「クロワッサンの味わいって、パン屋さんの実力を測る指標になるんですよ」

「クロワッサンが美味しいパン屋さんは間違いない」という、〈MONICA〉の橋本シェフに似た持論を展開する榎本シェフ。「生地の折り込みの上手さ、味わいのオリジナリティ、焼成の腕前。シンプルなパンの中には、さまざまな職人の技術が集結されているんです」

重なり合った無数の層の中に滲み出る、ベーカリーの個性。クロワッサンは、パン職人の年輪を映す、鏡のような存在なのだ。

〈Pain des Philosophes〉には、一日を通してひっきりなしに客が訪れる。