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オールハンドメイドに、石臼挽きの全粒粉使い。独自の製法が生む、傑作クロワッサン

表面はサクサクでホロホロと崩れ、内側はバターが染みて、ふわふわしっとりとした食感に仕上がる。お手本とされる味わいがあるクロワッサンだが、独自の製法で新味を追求するベーカリーがある。その存在を教えてくれたのが、パンの研究所「パンラボ」を主宰する池田浩明さん。彼が「ストイック」と呼ぶ、2人のパン職人がつくるクロワッサンの魅力に迫る。

photo: Shin-ichi Yokoyama / text&edit: Koji Okano

クロワッサンをおいしく焼くための正攻法は、もちろん存在する。しかしあえて慣例だけに捉われず、自分なりの正解を見つけようと日々励むパン職人たち。『パンラボ』を主宰する池田浩明さん曰く、その姿勢は“ストイック”。そんな求道者ともいうべきベイカーがつくるクロワッサンを紹介しよう。

東京・練馬春日町〈コンビニエンスストア髙橋〉

東京・練馬春日町の住宅街のマンション1階に立地する〈コンビニエンスストア髙橋〉。

神奈川・鎌倉〈PARADISE ALLEY BREAD & CO.〉など、一貫して天然酵母を使ったパンづくりに強みをもつベーカリーで修業を積んできた髙橋諒自さん。彼が2020年11月に独立開業した〈コンビニエンスストア髙橋〉は、まさしく名は体を表す店。

パンのほかに鰹節や米麹などの調味料、コーヒー豆、さらには雑誌まで販売する。奥にはカフェも併設。ナチュラルワインなどと一緒に、サンドイッチやデリプレートが楽しめる。

棚の中に並んだパン。それを覆い隠すほどに、さまざまな商品が陳列されている。

しかし髙橋さんのパンづくりは“コンビニエンス”という言葉からは、ほど遠い。

池田さんいわく、「オーブンと冷蔵庫以外は、機械を使わずにパンをつくる。ほぼ全てが手作業なんです」。

多くのベーカリーではミキサーと呼ばれる機械で小麦粉と水などを混ぜ、ホイロという機器で生地の二次発酵を促進させるのが通例。しかし髙橋さんは全てのパンの生地を手でこねて作り、二次発酵は室温で行う。

「できれば電気の通ってない場所、大自然でもパンが焼けるようになりたいんです」と語る髙橋さん。

「あとは手作業のほうが、小麦の風味が引き立つとの実感があります」

ボウルに北海道産小麦や全粒粉などを加えてクロワッサンの生地を練っていく髙橋さん。なるべくタッチは柔らかく、捏ねるのも短時間で。「強く練ってグルテンを出し過ぎたくない。歯切れよく仕上げたいからです」。

できた生地を寝かせて発酵を取ったら、正方形に伸ばしてこれでバターを包む。それをまた伸ばして四つ折りにしたら、今度はシーターと呼ばれる道具で圧力をかけながら、さらに生地を薄くしていく。

このシーターも、多くのベーカリーでは電動を使うのが主流。しかし髙橋さんは手動、ハンドルを回して生地を伸ばす。「全粒粉入りの生地はパサつきがちなので、電動シーターでうまく伸びないことがあるんです」。

手動シーターで生地を伸ばしたら、これをクロワッサンの形に成型するために三角形に分割していく。

三角形にした生地をくるくると巻いて、クロワッサンの形に成型したら、室温で二次発酵させた後に平窯で焼成する。

「口に含むと、まずレーズン種由来のパイナップルに似た風味が鼻を抜けます」(池田さん)

イーストを使っていないぶん生地が膨らまないため、クロワッサンの層にふわふわとした食感はない。しかしクラムが詰まっているぶん小麦の風味が強く、しかもこれが濃厚なバターの風味と重なっても驚くほど食後感は軽い。

この相反するおいしさが共存するのは、髙橋さんがほぼハンドメイドで、グルテン形成の量や生地の伸び方を調整しているから。手捏ねを貫くというポリシーは、しっかりと料理科学のアプローチに基づいているのだ。

カフェスペース。デリプレートなどの料理は、妻のネイトさんが担当する。

東京・白山〈TENERA BREAD & MEALS〉

白山通り沿いにある〈TENERA BREAD & MEALS〉。爽やかなグリーンに囲まれている。

ファッションデザイナーの田中仁人さんが、「生活にもっと身近な場所で、より多くの人により多くの幸せを感じてもらえるような仕事がしたい」との思いでパン職人になることを決意したのは、7年前。東京・池尻大橋『TOLO PAN Tokyo』で修業を積み、2020年8月に〈TENERA BREAD & MEALS〉を独立開業した。

「〈TENERA BREAD & MEALS〉の最大の特徴は全粒粉を店頭にある石臼で挽いて、どのパンにも使用していることです」(池田さん)

その理由は「できるだけ栄養価が高く、風味が豊かなパンを焼きたいから」と話す店主の田中さん。

いわく、「品質を落とさずに、香りがいい状態で全粒粉をパンに生かすには、自分で挽くしかないと考えました」

こうして挽いた全粒粉を、時期によって微調整しながら、多い時はクロワッサン生地に約25%配合して焼いているという。

全粒粉に含まれるふすま(小麦粒の表皮)は焼くと香ばしいフレーバーがして、食物繊維はごぼうの5倍に相当するとされる。しかし田中さんがクロワッサンに全粒粉を用いる理由はそれだけではない。

「表面はサクサクを通り越した、ザクザクの食感に仕上げたいんです。全粒粉は小麦粉のグルテンのつながりを弱めるために、焼成しても縦に大きく膨らむことはありません。また生地の真ん中にクープ(切り込み)を入れて焼くため、横長の形に仕上がります。クロワッサンの隅の部分にザクザクとした食感が生まれるようになるんですよ」

また田中さんはパンを、あえて上火と下火の温度を調整できない旧式のガスオーブンで焼く。

「不便な道具を使ったほうが、自分の技術が上がっていくと思うからです。理想の焼き方を繰り返して体に覚えさせることで、よりおいしいパンをつくれる気がしています」

庫内温度220℃で焼くこと17分30秒。オーブンから出てきたクロワッサンは、焦げる間際ギリギリの力強い茶褐色をしている。

「チェーン店だったらクレームが来るような焼き色かもしれません。でも僕は、このギリギリを貫きたい。このザクザク食感こそが全粒粉がもつ香ばしさを存分に楽しめる状態だと思うからです」

店主の田中仁人さん。惣菜パンのフィリングは、妻のアリスさんの担当。ちなみにアリスさんは餃子づくりの名人で、月に数日、店舗で餃子が販売されることも(販売日はSNSで告知)。

「茶褐色の見た目が、まず美しい。噛み締めるとザックンザックンとした食感が心地いいんです」(池田さん)

縦には膨らまないものの横には広がるために、中の生地の層は案外薄い。食感は歯切れよく、全粒粉と発酵バターの濃厚な風味が立ち上がってくる。

これからも試行錯誤しながら、焼き方を改良していくつもりと話す田中さん。彼の攻めの姿勢が完遂したとき、どんな全粒粉のクロワッサンが誕生するのか。今後にも期待だ。