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京都の「余白のある店、余白のある人」。鞍馬口〈cookknoll〉

素晴らしい空間やサービスだって、提供する側にも受ける側にも気持ちにゆとりがないと楽しめない。私たちにほかでは得難い体験を与えてくれる名店の主たちはなおのことだろう。いま京都を代表するファミリーレストラン〈cookknoll〉店主に聞いた、店のあり方と、“京都の余白”。

本記事は、BRUTUS「京都の余白。」(2025年10月1日発売)から特別公開中。詳しくはこちら

photo: Yoshiko Watanabe / text: Mako Yamato

「ファミリーレストランは幸せの思い出」。記憶の扉を開くスイッチを手に入れる

「子供の頃に家族で過ごした幸せを思い出す場=ファミリーレストランを造りたくて」と店主の飯田勇人さん・帆波さん夫妻。そのコンセプトを形にするためには、新しく作り出せないノスタルジックな空間こそが欠かせないと日本全国を探したという。ようやく巡り合ったのは京都、かつてグリルとして使われていた建物だった。

「暮らしていたのは大阪で、正直、京都に引っ越したいとは、これっぽっちも思っていなかったけれど」と2人は笑う。とはいえカクカクした外観、壁から天井へと続くアールを描いたデザイン、ヘリンボーンに張られた床のタイルと、昭和モダンな空間は理想そのもの。手を加えすぎることなく整え、子供時代の記憶を追体験させるような場を完成させた。

メニューは心に残るビジュアルも大切に、手間暇かけた昔ながらの洋食が中心。食事の前から心弾ませるデザートももちろん欠かせない。

「小さなお子さんのいる家族から老夫婦、地元の常連さんもいれば、旅の方もいて。誕生日のお祝いにロウソクのリクエストがあったり。日々、いろんな人が入り交じって、その時々の雰囲気が作られていくのを見るのが幸せ。京都でよかったと今は思います」と帆波さん。将来、誰かの心で花が開く、小さな幸せの種をまくような存在だ。

フレンチクルーラー、コーヒー
揚げたてで口で溶けるようなフレンチクルーラー1個400円。コーヒー600円。

余白のある名店の主が語る、京都の余白

日々の隙間を満たしてくれる、味と笑顔と、そして古いもの

開店1年目で余裕のなかった私たちを何度も救ってくれたのは、食堂〈たつ㐂〉の味と大将の笑顔です。大きなエビ天が2本どんとご飯にのっているシンプルかつ潔い天丼、中華そば、だし巻き卵、あっつあつの味噌汁、肉丼。〈たつ㐂〉で過ごす時間が、日々唯一の安らぎかもしれません。

街のオールデイダイニング〈たつ㐂〉
昭和36(1961)年に両親が開いた店を受け継ぎ、街で愛され続ける食堂を2代目の加藤広志さんが営む。先代が描いたという豚のイラストに“かつ”の文字、麺類、洋食と書かれた暖簾(のれん)からは想像できないほど、メニューは種類豊富。人気は中華そばやハンバーグ、オムライス、カツ丼など。とはいえ、それぞれにファンがいるという。注文ごとに一つ一つ丁寧に仕上げられる一皿は、奇を衒(てら)わず、これが食べたかったと思わせる味。天ぷら丼620円

もう一つ思い浮かぶのは〈itou〉。実はトイレを飾るものの多くはここで購入したもの。凝った意匠の店の中で、白を基調にしたゆとりのある空間がトイレだけだと気づき、腑に落ちました。

itou 店内
新たな物の価値を知る〈itou〉
国も時代も問わず、ジャンルレスに物をセレクトする古道具屋。ディスプレイは什器(じゅうき)も含め毎月がらりと配置替え。このユニークな店に並ぶのは物の背景を問わず、店主・伊藤槙吾さんの感覚に響いたものだけ。思いもかけない価値に気づかされ、感性を刺激されるのが新鮮だ。京都では、もはや“〈itou〉っぽい”で通じる存在。開業から10年を経て、世界観の延長にある飾り台などオリジナルプロダクトも展開

No.1040「京都の余白。」ポップアップバナー