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家入一真と山峰潤也がアート談義。現代アートはオンラインとオフラインで拡張する

今を生きる作家たちが生み出す現代アートは、時代を映す鏡。アートを取り巻く環境は、社会情勢を呑み込みながら刻々と変化を続けている。経営者であると同時にアートコレクターとして200点を超える作品を所有し、特に若手作家に目を向ける家入一真さんと、日本でも有数の美術館でキュレーターを務めてきた山峰潤也さんは、日々どんな視点で現代アートを眺めているのか。2人の見識の一片を垣間見る、現代アート談議。

Text: Neo Iida

家入一真

僕はアートは好きですが、専門家ではないし、今も勉強中です。詳しい方々に話を聞くと「コレクションにこういう作品を加えてみては?」という視点でアドバイスをいただけるので、いつも参考にしています。

山峰さんが僕に薦めるとしたら、どんな作品がありますか?

山峰潤也

僕はメディアアート出身で、テクノロジーを扱った作品やインスタレーションのような作品をキュレーションすることが多いんです。
例えば、家入さんもご存じだとは思いますが、やんツー(1)は「ドローイング・マシン」という機械を使ってグラフィティを描かせるアーティストで、人間の身体性がなくなって機械だけが残されたとき、そこに一体どんな線が描かれるのか、何が起こるのかを表現しています。

家入

彼の作品は僕も好きです。ただメディアアートはどう買えばいいのか……。映像作品なら持っているんですけど。

山峰

“買いづらい”と思われがちですが、インスタレーションを制作するアーティストも、スピンオフとして販売できるツールを作っていることがありますよ。
あと、日用品や楽器などを組み合わせる毛利悠子の作品は高橋龍太郎コレクションが所蔵しています。「機械仕掛けの彫刻」のような形で持ってみてはいかがですか?

家入

なるほど。彫刻だと考えると難しくないですね。
置く場所をどうするかという現実的な問題がありますけど(笑)。

山峰

空間やテクノロジーを意識させるインスタレーションなら、山内祥太(2)がいますね。

『TERRADA ART AWARD 2021』ではディスプレイ上に人間の皮膚をまとったゴリラを映し、リアルな舞踏家の踊りと同期しながら、老いと若返りを繰り返す映像作品でオーディエンス賞を受賞しました。

家入

見ましたよ。すごく印象的で、時代観があるなと思いました。アートを買うときは、その時代の空気感や価値観を大切にしているんです。時代そのものを所有することはできないけど、アートがその時代を象徴してくれる。

梅ラボ(梅沢和木)の作品を所有するのも、彼のドローイングが日本のネットカルチャーやミーム、アニメといった文化を繋いでいるからなんです。

山峰

アートが内包するものは様々ですよね。世界各地の情勢を表すことも多く、なかでもヨーロッパのように国と国とが隣接し、常に民族間の問題がある状況では、作家のアイデンティティが非常に大きな意味を持ちます。

『TERRADA ART AWARD 2021』のファイナリストに選出されたスクリプカリウ落合安奈(3)にはルーマニアと日本という2つのルーツがあり、自身のアイデンティティを探るためにルーマニアに渡り作品を制作しています。
海外でアートを語るうえで、そうしたパーソナリティを持っているというのは大きいですね。

家入

僕も以前は好きな作風を軸に作品を選んでいましたが、最近は制作の背景を聞いたうえで買うことが増えましたね。

山峰

今はコロナ禍を経て、改めて自然と人間との関係を考えよう、という流れもあります。
宮永愛子の彫刻はナフタリンでできており、展示するうちに気化して形が崩れていく。失われていくことを受け入れる諸行無常のような観点には、国際的な注目が集まりつつあります。

家入

社会的な現状を真正面に切り取らなくても、作家の価値観や人生観には必ず何らかの影響を及ぼしているんですよね。

山峰

技巧的な面白さでいうと、今津景(4)は西洋絵画を引用し、フォトショップとディメンションで組み合わせて一つの世界を作るのが特徴です。
それを下絵として、絵の具を使ってキャンバスに描いていく。結婚してインドネシアに移住し、土着の民俗学的なモチーフも垣間見えます。

家入

フォトショップやインターネットを使うことは、もはや技巧の一つとして確立されてきた感覚はありますね。

山峰

同じくフォトショップを使って作品を制作しているのが小林健太(5)です。
彼は社会的な文脈も内包しながら、グラフィカルな観点で目を引くアーティストです。風景写真を撮り、フォトショップを使って流れる線を引く。ファッション業界からの視線が熱く、〈ルイ・ヴィトン〉のディスプレイも手がけました。

フォトフェアに出展したところ、会場で作品を見た〈ダンヒル〉のデザイナーから連絡が来たそうです。

家入

今はインスタで作品を見つけて興味を持つことも多いですよね。でも、その後必ず個展やギャラリーで実物を見るので、インスタだけで判断することはないですけど。

"今"を体感できる現代アーティスト。

NFTアートの隆盛がもたらす
新たなコミュニティの創生

2021年には仮想通貨技術を使った“NFTアート”が話題となり、市場も活性化。デジタルアートの現場では何が起きているのか。

山峰

アーティストが通常の制作活動と並行してNFTアートを作るケースも増えてきましたね。昨年はexonemoが“価値”や“所有”をテーマにしたNFTアートを作って話題になりました。

家入

僕、買えなかったんですよ。ドットを使った作品を作るたかくらかずきも仏教をテーマにしたNFTアートを作っていますよね。NFTが出始めたとき、アート界隈ではどんな反応があったんですか?

山峰

アクションを起こさないと遅れているように見えるから乗ってみようという人もいれば、本当に儲けたい人もいる、という感じでしたね。

でも大半は「ビックリマンチョコじゃないか」と、安価で買ったものが時を経て稀少価値を持つ、トレーディングカード的な側面を指摘する声が多かった印象があります。
僕としては「NFTは儲かる」というのは短期的な現象でしかなく、どうインフラ化していくか、変異の先に興味がありました。

家入

僕は当初5点くらいしか持っていなかったので、買ってみないとわからないなと思って、少し前に「自薦他薦問わずレコメンドください」ってツイッターに書いたんです。

そうしたら国内外問わずワーッと連絡が来て。もう本当に一般の人なんですよ。アートの文脈で生きてきたわけじゃないけど作るのは好き、みたいな。なんというか、民主化が起きているんだなと感じました。

山峰

その世界に飛び込んでみないと、わからないことってありますよね。

家入

そうですね。投資目的の人もいるんでしょうけど、NFTを作れば売れる、買えば儲かる、という通説はもう崩れてきていますよね。
僕がツイッターの反応を見て感じたのは、繋がりを求めているということ。コミュニティとセットなんだなと。

山峰

その側面は大きいと思いますね。DAO(Decentralized Autonomous Organizationの略。自律分散型組織)のように中央を介さずに個々で繋がる仕組みがあれば、美術教育を受けていなくても、アートを作って売り、基盤を作ることができる。

家入

DAOには僕も注目していますが、株式会社を経営してきた者からすると、意思決定やインセンティブの共有など、頭では理解できても肌感でわからない部分もあって。
でも“強いビジョンと共感できるコミュニティを極限までシステム化できるもの”と考えれば、アートを育む環境としては非常に優れているような気がします。

山峰

多数決を採用する民主主義の社会では、必需性の見えづらいアートは排除されやすい。
DAOを使ったファンコミュニティが政府と個人の狭間に介在し、ビオトープを形成できたら、アートを守るセーフティネットとして機能するかもしれません。

家入

チームラボの猪子寿之くんが「世界はグローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・クオリティでコミュニティ層に二分化していく」という話をしていたんですが、NFTアートの世界はまさしくそう。

ある作家がグローバルのマーケットで莫大な価値を得る一方、ある作家は小さなコミュニティの売り買いに満足している。どちらも成立してるんです。

山峰

デジタルでのマーケットが、アートの所有や価値を先鋭化した部分はあるでしょうね。今後は既存のアート構造とどう共存していくかが問われていくと思います。

そして、これからもギャラリーはあり続ける。アートのしくみの根幹にギャラリーはありますから、なくなるとアートに価値をつけていくストーリーラインが崩れてしまう。
何より、人間が身体に対する欲望を持ち続ける以上、リアルに作品を体験したい欲望も持続しますしね。

家入

僕もコレクションは多くの人に鑑賞してほしいので、リアルな場での展示はこれからも行っていくつもりです。作品は、オンライン、オフラインを問わず見ていきます。
今後活躍するであろう若い作家の作品ほど、僕みたいな立場の人間が買うことに意味がある気がするんです。

ピクセルアート/たかくらかずき、アーティスト・平山昌尚
複製可能なデジタルデータを一意のものと意味づけ、資産価値を付与するNFTアート。世界最大のマーケット「OpenSea」では、たかくらかずき(左)がピクセルアートを用いた「NFT BUDDHA」を展開。アーティストの平山昌尚(右)も出品を始めている。