残すために集める
NY在住のコレクター、ヨハン・クーゲルバーグは反権力、DIY衝動溢れるカルチャーを愛して本やレコード、ポスターを集めてきた。未来のためにするという彼はアイビー校コーネル大学にコレクションを寄贈、同校のヒップホップ・アーカイブの基礎を築いた。
残すために集める男/ヨハン・クーゲルバーグ
私はスウェーデンの小さい村で育って、10代の頃はスケートボードにはまっていた。音楽には特に興味はなかったが、スケートビデオに使われていたパンクを聴いて「音楽には、ハマる価値があるかもしれない」と思いパンクのシングルレコード盤を集め始めた。
私はエッジのあるカルチャーに興味がある。それは自分で何かを始めること、DIY衝動を信じているからだ。既存の雑誌が気にくわないなら、自分たちで雑誌を始めればいい。高校の給食にベジタリアンランチがあればいいなと思ったら、そう働きかければいい。
こうした観点から雑誌『Provoke』(1968年発刊の写真同人誌。実際には中平卓馬、高梨豊などが創刊し、森山大道の参加は2号目から)を作った森山大道や中平卓馬など日本の写真家を考えると、抑圧的な社会に対してアートにできることは何か?ということの実践でもあったと理解できる。
スウェーデン社会は一見オープンに見えて抑圧的なところがある。だからこそ私もアメリカの、DIYカルチャーに対する気持ちに共感し、支持したのだ。数々の障害があるからこそ逆説的に「誰でもやりたいことを可能にすることができる」という空気がアメリカには漂っていると思っている。
自分のコレクションをアイビーに残す目論見
スウェーデンの大学を出て、23歳でニューヨークに移住し、レコード会社に職を得て音楽産業で成功した。その後早期退職し、子供が生まれ、妻の病気もあって3年間は専業で主夫をした。その後仕事をまた始めようと思ったときに音楽産業で働きたくなかったし、自分の蒐集癖を仕事にできないだろうかと考えてみた。
当時、興味を持ち始めていた初期のヒップホップは蒐集だけでなくカルチャーとして意味をしっかりと理解したいと感じた。すると、これまで集めてきた自分の様々なコレクションに共通するところがあるだけでなく、ヒップホップとは唯一無二のマイノリティによるグラスルーツ・カルチャーだということがわかった。
業界での経験を生かし蒐集法はシステマティックに行った。スタッフを雇い、レコードは卸業者から買うようにし、最後にはヒップホップが生まれたサウス・ブロンクス地域まで出かけ、当時のモノを持っている人間に直接会って売ってもらった。背の高いスウェーデン人というだけで目立つし、陰口も叩かれただろうが、蒐集の目的を明かしてキャッシュで払うことが知れ渡ると評判も広まった。
向こうから来てくれないと日の目を見ないものもあるから、これは重要だった。マイノリティのカルチャーを残そうと思うのなら、アメリカではまずはアイビー・リーグに接続するべきだと考えている。だからヒップホップ・コレクションの目的も最初からアイビーへの寄贈だった。
妻にもそう話したのを覚えている。優良株式銘柄にするには権威ある機関に認めさせなくてはいけない。破産するリスクのある機関では文化は残せないが、アイビー・リーグのキャンパスが燃え落ちるのはアメリカが終わるときだろう。
私は17世紀イギリスの議会派、王党派の市民戦争におけるクリスチャンアナーキズムにも大いに関心があるが、その頃のアナーキストたちの存在が現在に知られているのはたった2冊の本のおかげで、当時のオックスフォード大学が100年後を見越して残すべき印刷物を全て蒐集したからだ。
司書や歴史家は、5年後と同時に500年後に何が重要になるかについての意見や見識があるべきだと思っている。過去に友人のジャーナリストのジョン・サヴェージとSF作家のウィリアム・ギブスンと3人でこうしたエッジのあるカルチャーについて話したことがある。
その時に私はヒッピーが変えたもので数百年後も残るのはオーガニック/ヘルス・フードだと言った。しかしヒップホップはもっとパワフルだ。なぜって、人生においてチャンスを持つことが難しい人々が、自分たちの力だけでチャンスを生み出したのだから。錬金術に近いよ。
ヨハンの考える、“残すべき”4つの最重要ジャンル
個人のコレクションが物事を動かしていく
そうこうしているうちに、コーネル大学図書館稀覯本部門のキュレーター、キャサリン・レーガンに出会い、最初のミーティングだけで私たちは全面的に意見が一致した。ヒップホップ・アーカイブをコーネルに創設するだけでなく、ヒップホップのパイオニアたちを教師として雇ってワークショップやシンポジウムを行うべきだと。
2012年にはアフリカ・バンバータを客員教授として迎えることができた。これには4年間にわたる入念な準備と対話、そして労力が要ったが、ほかにもヒップホップの歴史的な人物が集めたコレクションを迎えてのアーカイブが徐々に作られつつある。目的は世界一のヒップホップ・アーカイブをここに作り上げることなんだ。