自然に対し、アートだからこそ貢献できることを探求
「17歳のとき、埋立地を訪れたのだけど、砂漠にでも足を踏み入れたかのような強烈な違和感があったんだ。それは完全に人間の手によって作り出された場所だったから」。そう語るのは、アーティストのロバート・ザオ。土砂を埋め、新たに誕生したこの湿地に、餌を補給するため渡り鳥がやってくる姿も見られたという。
「その様子に大きな衝撃を受けた。人間が土地を広げるために成す行為が、そこにいた生物の死を招いたと同時に、新たな生物の生を助けてもいる。生物の暮らしは、自然や環境に結びついているんだということを痛感したよ」
人間と自然の関係性に興味を抱いたザオは、「Critical Zoologists」という名でアーティスト活動をスタートさせた。写真や映像を中心に、自然・環境破壊への気づきを与える作品を発表している。
近年は、国内の二次林に着目した作品を制作。建築や工業製品の資材となるようつくられた人口林には、本来、当地には存在しないはずの外来種が生息している。また、林に捨てられた古い瓶に溜まった水を飲みにワシがやって来る様子も。ザオはこの二次林を「人間が自然との関係性について再考する新たなきっかけとなる場所」と考えたのだそう。二次林に100台以上の無人カメラを設置し、その様子を記録した同作は、ドキュメンタリーのような手法でありながら、アート作品であると感じられるから不思議だ。
「制作を行う際、題材に関して、集めうる限りの研究論文を読むようにしているよ。でも、研究者と僕が同じテーマについて深掘りしたとしても、同じ結論には至らないと思うんだ。なぜって、僕の理論は構造を持たないから」とザオ。森を歩き回って、転んで……。もしかしたら10年くらい、森にいてしまうかもしれないと笑う。
「研究者は森の研究をする前に、構築すべきシステムとか、着目すべきトピックを先に決めてしまうと思う。でも僕は、例えば、たまたま服にくっついていた木の実に興味を持って、どんな虫が齧ったのかについて思考をめぐらせていく、といったように、森の方から僕に話しかけてきたと感じられるような、エモーショナルな部分を大事にしているんだ。科学にはできないけれど、アートならできるアプローチとは何かを、常に考えているよ」
カメラを構えただけでは、自然界の全てを捉えることはできないし、伝えることもできない。だからこそザオは、そこにイマジネーションというフィクションを加えて補足し、アートへと昇華させているという。彼の写真を通し、わたしたちは自分たちが暮らす世界に起きている不可思議な真実を窺い知ることができる。