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シネマコンシェルジュの映画監督論:月永理絵「残酷な「世界」と向き合う新しい表現に触れたくて。」

巨匠から新鋭まで、素晴らしい監督たちが次々と登場する今、観るべき監督を知るには、やっぱり信頼できる映画通の後ろ盾が欲しいもの。独自の審美眼で映画シーンを追いかけ続ける30人に頼ることに。

Illustration: Thimoko Horiguchi / Text: Yoko Hasada, Aiko Iijima, Saki Miyahara, Konomi Sasaki / Edit&Text: Emi Fukushima

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映画好き月永理絵へ7つの質問

Q1

あの監督の虜になった名シーンは?

月永理絵

黒沢清監督の『CURE』で、うじきつよし演じる心理学者の部屋の壁に“あの印”が浮き上がった瞬間、高校生の私は映画の魔に取り憑かれました。

Q2

好きな監督のベスト作品は?

月永理絵

クレール・ドゥニの作品はどれも大好きですが、先日『パリ、18区、夜。』を十数年ぶりに観返し、これほど完璧な映画があるだろうかと圧倒されました。

Q3

好きな監督のイマイチだった作品は?

月永理絵

『オスロ、8月31日』『母の残像』が大好きなヨアキム・トリアー監督の『テルマ』。決して嫌いではないけれどどうもしっくりとこない何かがありました。

Q4

最近になって魅力的に感じるようになった監督は?

月永理絵

グザヴィエ・ドラン監督の何が若い世代を魅了するのかがわからずにいましたが、『たかが世界の終わり』のあまりに大仰な空虚さには妙に惹かれました。

Q5

あの監督に撮ってほしい、意外なテーマは?

月永理絵

『PASSION』での陰惨な会話劇、『親密さ』の最高にロマンティックなラストシーンを観て以来、濱口竜介監督の正統派ラブコメを観てみたい、と熱望しています。

Q6

個人的に今気になっている監督は?

月永理絵

「注目度が高くない」監督など存在しないと思いますが、強いて挙げるなら、アイダ・パナハンデ。昨年公開された『二階堂家物語』に心を打たれ、これほど真摯な家族メロドラマを作った監督が猛烈に気になっています。

Q7

将来が楽しみな次世代の監督は?

月永理絵

新作長編を期待する「現世代」の監督を挙げるなら、草野なつか、清原惟、安川有果、吉開菜央などです。

2010年以降の「この監督のこの一本」。
マティ・ディオップの『アトランティックス』

気鋭の黒人女性監督が映す、美しく悲しい過酷な現実。

クレール・ドゥニ監督『35杯のラムショット』に主演したマティ・ディオップ、と呼ぶこと自体失礼だとは思いながらも、アレックス・デスカスと共にご飯を炊いていた若い娘の姿がいまだに頭に焼き付いている。そんな彼女の初監督長編にして、カンヌ映画祭コンペ部門で初の黒人女性監督作品として上映されたのが『アトランティックス』。

舞台はセネガルの首都ダカール。少女エイダと貧しい建設労働者のスレイマンは恋人同士だが、エイダはすでに裕福な青年との結婚が決まっている。階級差に悩む恋人たちの恋愛ドラマとして幕を開けた映画は、金を稼ぐため、スレイマンが仲間と共にヨーロッパへの密航に出たことで、思いもよらぬ場所へと突き進む。

労働力を搾取され続け、未来を求め海へ出た男たち。自分の力で生きることを禁じられた女たち。それぞれの想いが夜の海辺で繋がり合う。生者の声を借り、語り継がれる亡き者たちの記憶。彼らは何を見、何を聞いたのか。過酷な現実社会を真摯に見つめながら、マティ・ディオップは、美しくも悲しい亡霊映画を作り上げた。

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