この店のためだけに新幹線に乗る価値あり。リアルな“今”を中国料理で表現する、岡山〈はすのみ〉へ

東京では食べられない中華料理を求めて旅に出たい。そこでしか味わえない食体験があるからだ。個性が際立つ「中国料理はすのみ」を訪ねた。

photo: Nobuaki Murakami / text: Mutsumi Hidaka

端正なコース料理が表現するのは瀬戸内から吉備路のリアルな“今”

岡山駅の程近く、飲食店が軒を連ねる界隈にあって派手さとは無縁ながら不思議と目を引く備前焼の陶板。墨で屋号を記した看板に誘われた先には、懐石料理の店と見まごう端正な空間が待っていた。この店のためだけに新幹線に乗る価値ありと言われる〈はすのみ〉だ。

カウンターに面したキッチンに立つのは、オーナーシェフの加藤堅太郎さん。繊細な手つきで貝に包丁を入れ、力むことなく中華鍋を操り、仕上げのソースをかけていく。その所作のしなやかさ、確かさは惚れ惚れするほど美しい。

食べる側のリズムに沿って絶妙なタイミングで繰り出される料理は、瀬戸内海で水揚げされる魚介や、岡山県下の生産者による農産物が主役を張る。身厚で旨味ののった赤貝に白ミルガイ、地元で“アカメバル”と呼ばれるカサゴに、ワラビや甘草、黄ニラなどの野草や野菜も新鮮で良質なものが惜しげなく用いられる。そのすっきりとした佇まいは日本料理に通じるが、食感や味わい、香りは間違いなく中国料理の技法によって生み出されたものだ。

「例えば白ミルガイは刺し身でも十分においしいものですが、火を入れることで甘味が引き立ちます。瞬間的に強い火を入れることで、テクスチャーも香りも旨味も、ちょうどいいところに着地できる。中国料理だからできる素材の生かし方、おいしさを目指しています」

加藤さんが料理の世界に入ったのは高校卒業後。地元・岡山の中華料理店に就職したものの東京で勝負したい気持ちを抑えきれず、当時麻布に出店を予定していた〈長江〉の門を叩いた。以来14年間、瀬戸内海を挟んで岡山の向かいにある高松本店と麻布を行き来しながら名人・長坂松夫さんの下で腕を磨き、最終的には20代にして高松本店の料理長を務めるまでとなった。

「師匠には多くを教わりましたが、その一つが素材への向き合い方。真摯な姿勢で作られたものには力があります。その力は生産者の人となりにほかなりません。そうした作り手の思いに応える料理を作れているか、日々自問自答しています」

〈麻布長江〉在籍時にはワインとの衝撃的な出会いもあった。当初はトラディショナルなワインに夢中になったが、ある日ナチュラルワインを口にして言葉を失ったという。

「味わいはもちろん造り手の志にも強く惹かれました。その頃から、いずれ日本のナチュラルワインや日本酒を料理とともに楽しめる店をやりたいと思うように」

独立前にはソムリエ資格を取得。自らサービスマンとして立てるオープンキッチンのスタイルを選んだ。

中国料理はすのみ
加藤さんが敬愛する大岡弘武さんの〈ラ グランドコリーヌ ジャポン〉から「ル・カノンミュスカ・ダレクサンドリー2022」。岡山市郊外の富吉地区で有機栽培されたアレキサンドリアによる微発砲の白ワイン。岡山・牛窓産赤貝の老酒漬け「酔魁蚶」。吉田牧場カチョカバロの蜂の巣揚げ「蜂巣乳酪」。下津井飯蛸のピリ辛ゴマソース「怪味小蛸」。押し豆腐とワラビ「葱油百頁」。自家製チャーシュー「叉焼」と蒸し鶏四川風味ソース「口水鸡」は人気の定番。いずれも前菜の「小碟」。コースは13~15品で1皿ずつサーブ。作家ものの器やプレートが料理を際立たせる。

今の岡山にしかないリアルを表現する

故郷で開業して15年、今、加藤さんは岡山で店を構えた幸せを実感している。

「東京で仕事をしている時は肩肘張っていたと思います。“この料理を作るためにはアレとコレが必要”と遠くから季節問わず素材を取り寄せていました。でも岡山では逆で、今ある素材から料理を発想。ここにしかないリアルを表現できるんです」

“おいしくしてやろう”という料理人のエゴから脱却できたとも話す。

「調理や調味はあくまで素材を生かすためのもの。どんなに頑張っても素材以上にはなり得ない。過剰である必要はないんです。いい塩梅に気負いがなくなりました。しかし、だからこそ素材の目利きは大切」

今日も信頼のおける仲間から届く地元の素材を前に、加藤さんは持てる調理や調味の引き出しを駆使して料理に向き合う。

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