生活からアートは生まれる
チェさんの作品は、日用品や廃棄されたモノを使った作品が多くあります。これらを使う理由はなんでしょう?
私はこれまでずっと、みんなの家にあって誰もが知っているモノ、例えば食器やお鍋などを使って制作してきました。なぜなら「生活から芸術は生まれる」からです。アートは作るものではなく、なっていくもの。私が作品を一から生み出すのではなく、日々の生活の中に芸術を発見しているのだと言えます。それらのモノは、量産品であっても一つひとつ全て違います。生活がアートになる遊び場を作っているのです。
私のアートの先生はアジュンマ
いわゆる「アート」とはまったく違う、一貫したテーマがあるんですね
私は美術大学に行きましたが、すごくつまらなくて途中でやめてしまいました。むしろ、ストリートや市場のような場所の方が面白かったし、生き生きとしていたんです。特にアジュンマ(おばさんという意味)のクリエイティビティはすごいと思います。市場のディスプレイなんかすごくエネルギッシュだし、アカデミックにはない魅力がいっぱい詰まっています。しかも、サバイバル能力が異常に高い。彼女たちこそアーティストですし、私の先生です。生活にある美しさは、美とは何かを問いかけます。私はそれを掬い上げて、提示するだけです。答えは見る人ごとに違っていいんです。
地域をアートで表現すること
世界中でお仕事をされていますが、日本でも数々のプロジェクトを手掛けてきました
地域に根差したプロジェクトを行う場合は、とくにリサーチが重要です。とにかくあちこちに行って人に会い、一緒にごはんを食べたり資料を調べたりして土地に詳しくなっていきます。例えば十和田市現代美術館にある馬の彫刻《フラワー・ホース》は、この場所でかつて量産されていた軍馬がモチーフです。それを花で覆うことで「No War」というメッセージを伝えたいと思ったのです。鹿児島県にある霧島アートの森では、豊かな自然をもっと見てもらいたいと考え、絵の額縁のような彫刻を設置しました。ここでは現在個展を開催中ですが、すべて新作にしたので大変でした(笑)。住民と何度もワークショップを重ねてみんなで温泉博物館を作ったりもしましたね。
最新のプロジェクトはFIFAワールドカップカタール2022の会場に設置した彫刻です。サッカーボールや工事用ヘルメットなど、様々なモノを組み合わせて、タンポポの綿毛のような形の巨大なオブジェにしました。タンポポは韓国で「人々の花」を意味します。サッカーボールはもちろん、スタジアムを建設した人々なしにこの大会は実現しなかったという思いも込めています。
発酵・熟成こそ、本当のサスティナビリティ
今回作られた作品は、廃棄される運命にある服やカバンを使っているそうですね。昨今、環境問題が深刻さを増し、SDGsをはじめ社会の注目も高まっています
私は一貫して「共存と共生」をテーマに活動してきました。同じ作品でも時と共に見え方が変わるのがアートですから、今はたまたまSDGsにフィットするように見えるのだと思います。環境問題の原因は主に近現代にあり、それは地球の歴史から見れば本当に短い期間です。それ以前は、自然と共生する生活が当たり前にありました。特にアジアでは発酵文化が発達しましたよね。私はこれこそ、本当のサスティナビリティだと思います。生物か無生物かは関係なく、相互関係のもと生きていくことが重要。そのやり取りの中で変化や進化は生まれるのですから。人間は変わっていく生き物です。機械に依存していると相互性が生まれず、変化も起きづらいと思いますよ。
未来のアートは、ネットワークがキーになる
今後やってみたいプロジェクトはありますか?
今回初めて衣類やファッショングッズを使いましたが、今後もこれらを使ってみたいと思います。特に関心があるのはアフリカです。世界中から大量の古着が送られてくる集積地になっているので、ここで何かできたらいいなと考えています。
それから、ここ数年はコロナで移動がかなり制限されましたが、移動しなくてもアートはできることがわかったんです。これだけデジタルが発達してきていますから、今後はネットワークを基盤とした世界になっていくはず。仮想空間と従来のアナログなメディアの両方を駆使して、新たなアートの形を探していきたいですね。