1つ目は観光都市京都の顔としてのホテル文化を担う「ホテル中華」。2つ目は京都の花街文化から生まれた「京風中華」。3つ目は昭和の高度経済成長期を支えてきた労働者や学生の集う、町の台所「町中華」。この3つは中華料理における特色であると同時に京都という町の持つ個性でもある。
観光の町であり、学生や労働者の町であり、舞妓芸妓の町である京都の歴史や文化にルーツを持ち、発展してきた料理。つまり、京都という町が育んできたといえる。三者三様、それぞれの伝統を受け継ぎつつも、時代とともに変わりゆく京都人の感性に合わせて革新的な取り組みに挑戦している。
イーパンツァイタナカ(元田中)
ファンタジーの街・左京区でアート空間×ホテル中華のアバンギャルドな可能性を追求。
学生、アート、国際色、自由……。左京区のエッセンスを凝縮したようなアバンギャルド中華が、2020年12月にオープン。薄暗い路地奥のレトロアパートメントの1階にあり、前に入っていた中華料理店〈上海バンド〉の雰囲気を引き継ぐキッチュな空間。
ホテル日航大阪で腕を振るったオーナーシェフと芸大出身の奥様が、一流技法とアーティスティックな感性の融合した独創的な世界を醸し出す。
本場中国ではよく食べられている豚足などの食材でも日本では馴染みがなく、ホテルでは出しにくかったが、「ここでなら受け入れてもらえるのでは」と期待を込めて供する。
スパイシーなアレンジと美しい盛り付けは、食べず嫌いの人も思わず手を出したくなるはず。一見個性的だが、下味に酸味を効かせるなど京都人の舌に合う工夫が凝らされている。一皿一皿に込められた伝統と革新のスピリットを味わってほしい。
鳳舞楼(御所西)
京風中華の正統なる後継者。京都の、京都による、京都のための中華。
今回取り上げた3つの中華の中でもとりわけ独特なのがこの「京風中華」。明治時代の初め、ほかの都市で中華料理が港町を中心に広がっていた頃、まだ京都には許可なく外国人が入れなかった。
その時期に花街の客筋に揉まれ出来上がったのが、この摩訶不思議な京風中華。京都の魂「昆布だし」、やたらにこだわった「酢」、デフォルトで混ぜ込まれた和辛子、など京都の個性を存分に発揮した。
そして、〈鳳舞楼〉の店主・相場哲夫さんは言う、「同じ鳳舞系(京風中華の一つの系譜)の店でも、高さんに直接教わってない料理人の味は全く別物」と。大正時代、今の京風中華の味が形成された時期から活躍していた「高さん」こと高華吉さん。この人の最後の弟子にあたるのが、相場さんである。もともと中華を目指していなかった相場さんの心を、この摩訶不思議なる味が持ち去ったのだった。
大宮京珉(四条大宮)
時代を超えて愛される京都の町の台所。
かつて阪急京都線をはじめ複数の路線が乗り入れるターミナル街として栄えた四条大宮。「京都の新宿」と称された当時の面影も薄れゆく旧市電通り沿いで、ひっそりと昭和の薫りを放つ店。京都の餃子の草分け的存在だった、今はなき〈京珉〉本店で修業した店主は19歳で独立。
以来60年、〈京珉〉の暖簾を守り続ける数少ない店の一つ。本店仕込みの餃子は薄皮が持ち味で、小ぶりで食べやすく、あっさりした上品な味わい。ジンギスカンなど昔の中華屋では定番だったメニューもあり、京都の町中華の原点を偲ばせる。
一方、お客さんの要望から始めたというカレーラーメンやちゃんぽんなど、本店にはなかったメニューも次々に考案。保守的でありながら新しもの好きの京都人気質を刺激する品揃えが、愛されてきた理由かもしれない。いつの時代も、サラリーマンのお腹と心を満たしてきた、町の台所だ。