「ベストな作品」しかできない環境を整える
クリーンでモダンな作品で台湾を代表するクリエイティブディレクター、アーロン・ニエ。保守的なクライアントやマス向けの商品も手がける彼が、社会的、政治的なデザインも手がけていることで、国際的にも改めて注目されている。
代表的な作品は、2016年の蔡英文総統の選挙戦だ。ロゴやポスターといったグラフィックから、グッズ展開までさまざまなアイテムを手がけた。また、2020年、「WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長が台湾から人種差別的な中傷を受けた」という根拠のない主張に対抗して、クラウドファンディングで資金調達し、『ニューヨーク・タイムズ』紙に意見広告を掲載して話題を呼んだ。
「政治に強い関心があるわけではありませんが、自分のイデオロギーと合致するものは引き受けています。もちろん違う意見の人もいるでしょう。中国と密なビジネスもあるので、リスクを考える企業やアーティストもいますし、ソーシャルメディアで批判的な意見をもらったりもします」という。
2014年の「ひまわり学生運動」で学生の声をデザインで届けたときから、そのスタンスは変わらない。
「大切なのは人権です。数年前に台湾で合法化された同性婚についても、基本的な人権の一つだと思っています。政党や政治家を支持しているわけではなく、そういった考え方に共感できる政党をサポートしています。自分の政治的スタンスを表明するのは健全なこと。僕だけじゃなくいろいろなデザイナーが社会的なデザインを手がけるようになっていて、状況は良くなってきています。今日の決断が未来を作るので、自分の職業を使って声を上げることは重要だと思っています」
仕事のうえで起点となったのはCDジャケットのデザインだった。学生時代を過ごした1990年代は、台湾で主流だったインダストリアルデザインを学んでいたという。グラフィックの方が才能があるのではないかと、大学2年の時に転向した。ちょうどデジタル化が進み、アニメーションやモーショングラフィック、音楽など、デザインの可能性が広がり、デザインに対する考え方が変わってきた頃だ。
「あえて2次元にこだわったわけではないのですが、ポップカルチャーが好きだったんですよね。レコード店ではCDやアルバムの細部まで見て、何時間でもいられました。どんなものでもグラフィックデザインになるのではないかと感じていました」
感情を湧き起こさせるデザインのアイデア
コンビニエンスストアのカフェから書籍など、さまざまな仕事を手がけてきたアーロン。代表作は?と聞くと、すべてがベストだという。年齢によって作るものも変化するので、クリエイターとして正しい答えだが、ベストと思えるにはそこに至るまで、クライアントの要望にどう答えを出すべきか必死に考えているはずだ。どうすればベストな作品にできるのだろうか。
「契約書にサインする前に、仕事における権限と自由を確認します。クライアントが十分な権限を与えてくれるか、作品をコントロールすることがないかをダブルチェックしています。なぜ僕なのか、ほかのデザイナーよりもいいものを作れるのかを考え、ほかが適任であればそちらを推薦します」
基本的な確認がとれれば、次は作品のイメージを1〜2週間かけてじっくり考える。サンプルを作って考察を深めていくこともある。
「デザイナーとして15年くらい仕事をしているので、その経験からアイデアをシャッフルしていきます。瞬間的なインパクトを求めずに、かといってステレオタイプではなく、ほかと差別化できる、自分ならではの表現ができるかという視点から考えていきます。何かしらの感情を湧き起こさせるようなアイデアを大切にしています」
いくら環境を整えても、いつも仕事がうまくいくとは限らない。トラブルや解決できないような問題が出てくることもあるだろう。そんなときのアーロン流のメソッドとは?
「同じ効果、同じ結果をもたらすことができる“プランB”を常に考えています。また普段から自分の能力や許容範囲を知っておくことも必要。それで現実を認識することができます。何が起きても動揺しないように、リラックスすることを心がけています。平常心が一番大切なのではないでしょうか」
現在、台湾第3の都市、高雄にもう一つのスタジオの準備中。高雄には大きな港があり、海外とのつながりも強いうえに、クリエイティブにも、南部独特の自由な雰囲気があるのだという。
「台北にいるだけでは出会えない、天才的なデザイナーを発掘できるんじゃないかと楽しみにしています。2拠点になることで今までとは違ったプロジェクトに挑戦したいと思っています」
アーロンが目下制作中なのが、今号のカバーストーリーでも取り上げている佐藤健のアートブック『Beyond』だ。マリオ・ソレンティの写真は正統派で、色褪せないクラシックな世界観がある。ポートレート写真が中心になってしまうことの多い写真集で、余白をどう作っていくのかにこだわっているという。さらに特別なプロジェクトをデザインを通して、どうスペシャルなものにするか、体裁に関してのアイデアもいくつか。
「表現者としての健さん、その瞬間を切り取るマリオ、それらを受けて新しいビジョンを作り出せるように考えています。それぞれ別な時間軸にいながら、一つのゴールに向かう、その旅路を締めくくるのが僕の仕事です」
アーロン・ニエの、次を生み出す仕事術
1:参加する前に、自分の自由と権限を確認する。
2:自分がその仕事に最適な人選なのかを考察する。
3:アイデアが合理的か限定的かを考察する。
4:常に、同じ結果を得られる“プランB”を考える。
5:すべての結果から得られる達成感を想像する。