お話を聞いた人:渋谷寛(弁護士、司法書士)
猫を飼う人が増えた一方、様々なトラブルが増えている。ペット問題に詳しい弁護士の渋谷寛さんが法律上の観点からお答えします!
大行列⁉猫の法律相談所
猫は一緒に暮らす家族でもあり、とても身近な存在。しかしながら、猫をはじめペットにまつわる法律は、多くが人間とは異なる。動物の飼育や虐待防止について定めた「動物の愛護及び管理に関する法律(以下動物愛護管理法)」では、動物を「命あるもの」と認定している。しかし、現状、日本の民法や刑法においては、猫は生きているにもかかわらず「物(動産)」として扱われている。
今回お話を伺った渋谷さんは、「猫自体には権利も義務も発生しませんので、猫を取り巻くトラブルはすべて飼い主の法律問題となってしまいます。そのため、一緒に暮らす人間が、しっかりと法律の内容を理解しておくことが最も重要なのです」と話す。
そして、現在、猫にまつわる法律が大きく動きつつある。動物愛護管理法の改正では、生後56日齢未満の犬猫の販売を禁止する8週齢規制、販売業者に対するマイクロチップ装着の義務化、動物虐待等の厳罰化などが盛り込まれている。
「これはまだ小さな一歩ではありますが、人と動物の共生する社会に向けて法律も少しずつ変わってきているように感じます」と渋谷さん。
動物を取り巻く法的環境は改善されつつあるが、なにより私たちが日常的に意識すべきは、動物愛護管理法にある「動物がその命を終えるまで適切に飼養すること」という記載。飼い主が、法律を理解したうえで、愛猫の健康と安全を守る必要があることをお忘れなく。

弁護士の渋谷寛さんによる、猫のトラブルQ&A集
Q
家に遊びに来た友達の子供に、愛猫がケガをさせてしまいました。治療費を支払う義務はありますか?
A
飼い主の責任は免れない。民法第718条では「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」と定めており、原則的に飼い主には賠償責任が生じる。
被害者にも落ち度がある場合は過失相殺が認められることもあるが、もし今回仮に子供が先に猫にちょっかいを出したとしても、法律上それはある程度想定される出来事であり、本来飼い主にはペットを監視する責任があるため、治療費や慰謝料を支払わなければならない可能性も。
Q
パートナーと離婚する場合、猫の親権はどうなりますか?引き取る際、相手に養育費を請求できますか?
A
ペットの引き取りに親権という考え方はなく、そこに養育費が発生することもない。結婚後に飼育を始めた場合、猫は「共有財産」として財産分与の対象になる。
離婚後はどちらかが引き取ることになるが、双方が猫と暮らす権利を譲らない場合、これまでの飼育状況や今後の飼育環境などで裁判所が引き取り手を判断することも。飼育費用の援助や面会など、気になることついては夫婦間で事前に交渉し、離婚協議書に具体的に記しておくのも手。
Q
飼い猫が交通事故に遭い、大ケガを負いました。車の運転手に対して治療費や慰謝料を請求できますか?
A
一般的には飼い主の管理責任も問われるため、損害賠償を求めることは難しい。飼い猫の交通事故は、人損ではなく物損事故扱い。加害者が刑事責任を負うことはなく、故意に行為に及んだと立証できない限り、器物破損罪や虐待罪も適用されない。猫は予測不可能な行動をするもの。事故に遭わないよう室内でなるべく逃げないような環境整備を。
ただ近年はペットの死亡事故などでも、飼い主の精神的苦痛に対する慰謝料を認める事例は増えつつある。
Q
友人に飼い猫の写真を無断で撮られ、SNSにもアップされてしまいました。猫の肖像権は主張できますか?
A
「自身の写真を勝手に撮られたり公表されない権利」である肖像権だが、猫には人格的な利益を保護する権利である肖像権、プライバシー権はともに認められていない。
ただし法的に問題なくとも、モラルやマナーの問題はある。さらに勝手に撮影した写真にどこの家かわかるような個人情報が写っている場合は、人のプライバシー権侵害の可能性も。写真を撮る際には、ペットの飼い主に一言断りを入れて事前に許可を取るのがベター。
Q
家族が猫を拾ってきました。しばらく面倒を見ているのですが、このまま飼ってもいいのでしょうか?
A
猫を拾ったら飼い主を探すことが最優先。猫の飼い主の存在を知りながらも勝手に飼育を続けると、刑法の窃盗罪や占有離脱物横領罪に問われるおそれもある。トラブルを避けるためにも、まずは遺失物として警察署に届け出ること。
3ヵ月以内に飼い主が現れない場合は譲渡を受ける希望の申し出を行うと、遺失物法に基づき、その猫を引き取ることができる。現在は法改正により、犬や猫については動物愛護センターへ届け出ることも可能。
Q
猫を飼育していますが、気がかりなのが災害時の避難。猫と一緒に避難所に行くことはできますか?
A
現在は一緒に連れていく同行避難が原則。環境省は「人とペットの災害対策ガイドライン」の中で、災害時は飼い主責任による同行避難を前提とし、各自治体にはペット救護と飼い主のための支援体制などの重要性を示している。避難指示が出たら、猫をキャリーバッグに入れて一緒に避難を。
ただ一緒に避難しても必ずしも同室で過ごせるというわけではない。対応は各自治体の地域防災計画に基づいて異なるため、事前に確認しておくことが重要。
Q
ペット可の賃貸マンションですが、隣人が猫に敏感です。トラブルに発展し退去させられることはありますか?
A
飼育頭数や飼育方法などに明らかな違反行為があり、改善が認められない場合は退去を迫られる可能性もゼロではない。退去とまではいかなくても、所有者に損害賠償を求められる場合も。ペット可でも、動物が苦手な住人もいる可能性があるので十分な配慮が必要。
特にベランダなどの共有スペースでのブラッシングによる毛の飛散、排泄物の臭い、鳴き声による騒音などは、住人同士のトラブルに発展するケースが多いのでご注意を。
Q
大病で痩せ細った愛猫。獣医師から安楽死の話を聞かされたのですが、日本では安楽死は禁止のはずでは?
A
動物愛護管理法では「何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにする」ことを基本原則としている。一方で、「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によつてしなければならない」とあり、動物を殺すことがあり得ることを法律が前提としている。
つまり動物を苦痛から解放するための安楽死は法的に容認されていると解釈ができる。獣医師とよく相談し、納得のうえであれば可能。