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命の尊さと希望を教えてくれる。大人も読みたい猫絵本10冊

猫は偉大な創り手たちによってどう描かれてきたか?古代から現在まで、絵画、言葉、歌、そして漫画や映像etc.、文化の多様化とともに増殖してきた。絵本に描かれた猫作品を、猫を愛する〈Cat's Meow Books〉店主・安村正也さんの解説で紹介。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Masae Wako

猫絵本は命の尊さと希望を教えてくれる

選者:安村正也(〈Cat's Meow Books〉店主)

「猫の絵本には余白があると思うんです。猫を見ていると、一体なにを考えてるのかなって想像をかき立てられることが多い。絵本に描かれる猫にも、読み手が自由な想像や個人的な感情を投影しやすいような気がします」そう語るのは、猫にまつわる本の専門書店〈キャッツミャウブックス〉の店主・安村正也さんだ。

「『Je suis là ここにいるよ』は、飼い猫を亡くした少年の話。彼は“キミがいない”と泣いてばかりいるのですが、“キミ”は少年の目に見えていないだけで、本当は隣にいて見守ってくれている。どんな飼い主も猫に抱いているであろう“ずっとそばにいてほしい”という切実な願いがページの中に表現されていて、胸が締め付けられるんです」

そもそも絵本という媒体自体が、余白を持つ芸術だと安村さんは言う。
「言葉ですべて説明しない分、何度も読みたくなるし、その時の心情によって印象も変わります。繊細な紙版画が猫の寂しさや孤高さを物語る『退屈をあげる』も、最後の一ページまで言葉なしで展開する『サヨナラのきもち』も、想像力を働かせて能動的に読んでこそ受け取れる豊かさがある。まさに大人の猫絵本です」

大人も読みたい猫絵本とは、猫から教わる学びがある本だ。『ねこなんていなきゃよかった』は、死をしっかり受け止めて悼むことの尊さを伝え、1979年初版の名作『ねこのジョン』は、多様な個性を認めることの大切さを教えてくれる。

「乱暴で不器用な猫と優しく気弱な猫の友情を通して、幸せな日々とそれが壊れた時の喪失感が描かれる『ひだまり』や、戦争の愚かさと平和を語る『旅のネコと神社のクスノキ』には、失うことの痛みが描かれている。今回の10冊に共通するテーマでもありますが、僕にとって猫の絵本は、命について考えるきっかけを与えてくれる存在です」

『Je suis là ここにいるよ』シズカ

シンプルな線画とポツンとつぶやかれる言葉が、愛する猫を失った男の子の悲しみや、温かな記憶を伝える。

『Je suis là ここにいるよ』シズカ/著
「少年は朝起きた時もご飯を食べる時も涙を流すのですが、随所に挟まる半透明のページをめくると“ここにいるよ”と寄り添う猫の姿が現れる。作者が愛猫を亡くしたことを機に生まれた作品です」。2017年にベルギーで発表され話題に。写真は再構成による初の日本語版。2023年/月とコンパス。

『退屈をあげる』坂本千明

紙版画作家、イラストレーターとして活躍する作者の、体験に基づく詩画集。紙を削った版で刷る版画が美しい。

『退屈をあげる』坂本千明/著
「主人公は拾われて家猫になった猫。外の生活は楽しかったけど、家での退屈さにも次第に慣れていく。やがてその“退屈で幸せな居場所”を若い猫へ明け渡すのですが、この時の主人公の気持ちが切ないんです。猫は幸せだったのだろうかと綴る巻末エッセイも沁(し)みます」。2017年/青土社。

『ねこなんていなきゃよかった』村上しいこ(作)、ささめやゆき(絵)

飼い猫を亡くした小さな女の子と家族の話。タイトルには、どうしても猫の死を受け止めきれない女の子の強がりが表れている。

『ねこなんていなきゃよかった』村上しいこ(作)、ささめやゆき(絵)
「“うちに来てくれて本当にありがとう”という猫への気持ちが詰まっている一冊。何度読み返しても泣いてしまいます。とても絵がうまくてグラフィックセンスもある画家が、子供のつたない絵のようなタッチで描いているところにも、ぐっときます」。2019年/童心社。

『ねえ だっこして』竹下文子(文)、田中清代(絵)

ほのぼのした絵も愛されている名作。

『ねえ だっこして』竹下文子(文)、田中清代(絵)
「飼い主のお母さんに赤ちゃんが生まれ、今までいた場所をとられてしまった!そんな猫の目線で語られる絵本です。まだまだ甘えたい気持ちと、やきもちを焼きながらも我慢しようとする気持ちの間で葛藤する猫。“ちょっとでいいからだっこして”というセリフに、人間の子供──弟や妹が生まれた時の上の子の姿を重ねる人もいるはず」。2004年/金の星社。

『わすれていいから』大森裕子

『わすれていいから』大森裕子/著
「兄弟のように育った猫と男の子の話。男の子が成長して実家を出ていく時、いつも一緒にいたソファを見ながら“おまえ、あたらしい なわばりを みつけたんだな”“おれのことは、わすれていいから”と猫が言う。忘れていいと言われたって忘れられない。僕は、自分のことのように泣きながら読みました。猫って確かにこういうポーズをするよね、というリアルな絵も素敵です」。2024年/KADOKAWA。

『ひだまり』林 木林(文)、岡田千晶(絵)

孤独なボス猫トラビスが、親切な猫ミケーレと出会う。

『ひだまり』林木林(文)、岡田千晶(絵)
「初めての友達ができた幸福感と、突然の別れ。絶望と希望。乱暴者と優しい子の友情という設定は普遍的ですが、話の構成がちょっと変わっていて、読むのにエネルギーを使うかもしれません。それでも2回、3回と繰り返し読むごとに切なさが増す。感受性に訴える内容は、大人が読むとより深く心に響くと思います」。2018年/光村教育図書。

『ヤンときいろいブルンル』やすいすえこ(作)、黒井 健(絵)

ヤンは猫、ブルンルは自動車。

『ヤンときいろいブルンル』やすいすえこ(作)、黒井 健(絵)
「車には人格があり、友達のヤンとだけは話せます。けれどある日、もう古い車だからと持ち主に捨てられてしまう。ヤンは友達を捜して家出します。人間を捨て、車という無機物と行動を共にする設定には、人に忠実な犬よりも独立心のある猫が似合いますね」。色鉛筆による絵は、『手ぶくろを買いに』や『ごんぎつね』で知られる絵本作家、黒井健。1986年/フレーベル館。

『サヨナラのきもち』H@L

最終ページ以外セリフが一切ない絵本。それでも号泣してしまうと話題を集めている。

『サヨナラのきもち』H@L/著
「見知らぬ土地に捨てられてしまった猫が、もう一度飼い主に会いたくて旅に出る物語です。絵だけだからこそ何度でも読み返せるし、最後に出てくるわずか6文字のセリフの意味もタイトルの意味も、その時々でさまざまに感じられる。誰かと解釈や感想を話し合うのも楽しいと思います」。2024年/CHICORA BOOKS。

『ねこのジョン』なかえよしを(作)、上野紀子(絵)

『ねこのジョン』なかえよしを(作)、上野紀子(絵)
「ジョンは犬の名前。捨てられたところを猫のお母さんに拾われ、仔猫のリズらといっしょに猫のきょうだいとして育てられます。シンプルに言うと多様性や自己肯定の話なのですが、今から45年も前にこのストーリーが描かれていたことに驚きます。しかも、絵がかわいらしくて、まったく説教くさくないのがいい。今こそ大人にも子供にも読んでほしい絵本です」。1979年初版、2020年復刊/金の星社。

『旅のネコと神社のクスノキ』池澤夏樹(作)、黒田征太郎(絵)

日本を代表する作家と画家が制作した、文学とアートによる絵本。現存する被爆建物〈旧広島陸軍被服支廠(ししょう)〉の記憶を伝えるために作られた。

『旅のネコと神社のクスノキ』池澤夏樹(作)、黒田征太郎(絵)
「描かれているのは1945年7月の前後数ヵ月。人間の愚かな行為を目の当たりにしながら、動物や自然は何度でも再生し生き延びていくのだと、猫とクスノキが対話を続けます。命について深く考えさせてくれる一冊です」。2022年/スイッチ・パブリッシング。