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生き切った猫:大島依提亜とひゃっこ

どんな生き物にも天寿はあり、わかってはいるけれど、いつかはお別れしなくてはいけない。全力で生き切った愛猫をどう思い、どう受け入れていくのか。

Photo: Idea Oshima / Edit: Izumi Karashima

ひゃっこと出会ったのは2001年。当時住んでいた集合住宅の中庭をうろうろしていた野良猫でした。獣医さんが「推定3歳でしょう」と言うので、1998年生まれの“20センチュリー・ウーマン”。ただ、野良だったわりに、おっとりしてやさしく、ちょっと鈍くさい。もしかするとどこかで飼われていたかもしれません。

それまで僕は完全に犬派でした。子供の頃から家で犬を飼い、雑種犬でしたが20年近く生きていた。でも、僕が大学を卒業する頃、突然逃げてそのまま姿を消しました。それが悔やまれて悔やまれて。だから、飼うなら断然犬。猫には興味がなかった。

でも出会ってしまったんです。右目が青、左目が金の白い猫。見た瞬間、まいった。見かけるたびにご飯をあげるようになりました。

するとある時、猫がお腹に傷を負って現れた。ほかの猫にやられたんだと思うんです。顔に傷がある猫は相手に向かっていく勇気があるけれど、コイツは逃げる瞬間にお腹をやられたヨワヨワなヤツだなって。そうしたら、だんだん傷が膿んできて、これはヤバいと近所の獣医に駆け込みました。動揺して号泣しながら(笑)。

獣医さんはすぐに治療をしてくれて「2週間外に出さないように」と。泣きながら「うちの猫じゃないんです」と説明すると、「じゃあ、飼ってみてはどうですか?」と。名前は「ひゃっこ」にしました。「百鬼夜行ですか?」と聞かれるけれど、理由は特にないんです。ただ「ひゃっこ」と最初に思ったんです。

そして、飼い始めた時から、「突然死ぬんじゃないか」という漠然とした不安を抱くようになりました。飼い犬が姿を消したトラウマもあったと思う。しかも、オッドアイで手の指が6本ある多指症の“ヘミングウェイキャット”。内臓疾患があるかもと言われていたので、体が弱いと思い込み、毎朝、耳元で「アイ・ラブ・ユー」とささやいていました、恥ずかしながら(笑)。

今日が最後になっても悔いがないよう、この手触り、この声を忘れないようにしようと。ただ、僕の不安な気持ちと裏腹に、健康面はすごく強かった。心臓も内臓も、ベースが頑丈。大きな病気一つせず、月日は流れました。

一緒に暮らし始めて15年。気づけばひゃっこは18歳。その頃から慢性腎不全を患うようになりました。でもそれは猫の特徴で、年をとれば多くの猫が患う。調子を崩すこともありましたが、それでも「死」は現実味を帯びていなかった。だから、「え、18歳?そんなに長生きなんですか!」と驚かれるたびにショックだったんです。人間にしてみればティーンエイジャーなのにって。

実はその頃、妻が病気で入院したり、母が亡くなるという出来事が重なったんです。でも、僕の世界の秩序はひゃっこがいることで保たれ、乗り越えることができた。ひゃっこがいなくなったらどうなるだろう。さらに猫の死が怖くなりました。

20歳を越え、21歳になった2019年、ひゃっこはとうとう歩けなくなり寝たきりになりました。ただ、悪いなりに安定し、そこから実に1年もの間、小康状態を保ったんです。動けなくなると急激に体力が落ちそのまま亡くなる猫が多い中、彼女は生き続けた。生命力が強く、食欲があったからだと思うんです。

ただ、2020年に入ると24時間態勢で介護する日々にはなりました。おしっこも自力で出せなくなり、妻が日に3回、圧迫排尿で排泄させて。コロナ禍によるステイホームは正直うれしかった。別れのための準備期間を天から与えられたと思いました。

12月になると、医者に「持ってあと5日ぐらいだろう」と言われました。「これ以上できることはもうありません」と。でも食欲が支えとなりそこからさらに2週間頑張ったんです。そして亡くなる3日前、体の中のものを全部出し切り、死の準備を始めているのがわかりました。その頃は流動食をあげていましたが、その時「もういらないです」という目をひゃっこがしたんです。20年一緒にいて初めてハッキリとできた意思疎通。それが「いらない」だった。僕の中で心の整理がつきました。

臨終の数時間前、それまでずっと静かだったひゃっこが突然「ニャニャニャ」と鳴きました。おそらく幻覚を見ていたんだと思う。新しい世界に驚き威嚇しているようにしか見えなかった。さながら、多元宇宙をさまよい、未知の世界にチャレンジする冒険者のよう。その時、僕は「かっこいい」と思ったんです。「なんて勇ましい姿だろう」って。明け方になり、嵐が去っていくように穏やかになった。妻と一緒に最後の言葉をかけた瞬間、ひゃっこがスウッと抜けていくのがわかりました。

12月15日午前5時35分。あんなに恐れていた死が訪れてしまった。けれど、僕はなぜか多幸感に包まれていました。22歳と8ヵ月。あまりにも天晴れな「生き切った姿」に感心し、笑っている僕らがいたんです。

「推定22歳と8ヵ月、ほぼ23歳。

最後の一滴まで生き切った。

いまは彼女の不在感や寂しさが

ビックリするほどありません。

清々しくサッパリした気持ちです。

僕たちの中にひゃっこが溶け込んで

しまったからだと思います。

ひゃっこは唯一無二の存在でした」

大島依提亜