「龍一がいなくなって、僕はまだ気持ちの整理がついていない。今回初めて話すんだ」と、カールステン・ニコライは語り始めた。
2人が初めて出会ったのは1998年。東京・青山の〈スパイラル〉で行われた音楽イベント『EXPERIMENTAL EXPRESS 1998』のバックステージだった。その時のことをこう振り返る。「知人の池田亮司がイベントに出演していて、バックステージに会いに来た龍一を紹介してくれた。龍一はちょうどボサノヴァのアルバムを制作中で、僕に突然“アントニオ・カルロス・ジョビンの曲をリミックスすることに興味はないか”と聞いてきたんだ。僕はエクストリームと言えるほどにミニマルな電子音楽を作っていたから、変なリクエストだなと思ったことをよく覚えているよ」
実は直接会うまで坂本のことを知らなかったというカールステン。映画音楽やYMOの曲なども含め、坂本の過去の作品を聴き漁(あさ)った。そして、その多様性とそれぞれの完成度の高さに驚かされたという。
「彼はある一定の期間、ポップスターを徹底的に演じ、ある時期には映画音楽を究極的にまで追求していた。また電子音楽の実験性に没入していた時期もあるよね。あらゆるジャンルにおいて、創造性の極限を追い求めることで、あれだけ幅広い音楽をどれも高いクオリティで完成させることができたんだと思う」
完成したカールステンのリミックスを坂本は大いに気に入り、初めて聴いた時の感動を、その後、何年も繰り返し語ってくれたという。以来、付き合いは20年以上にわたり、公私ともに互いになくてはならない存在となっていく。
「龍一はいつでもオープンで、音楽に限らずあらゆる領域に関心を持っていた。興味のない領域がなかったのではないかというほどに。そして友人として彼と過ごす中で、一緒に未来について語るのが本当に大切な時間だった」
未来の映画の一端が今回の企画展に登場
2002年にalva noto + ryuichi sakamoto名義でリリースしたアルバム『Vrioon』以後、2人はコラボレーションを繰り返してきた。ピアノの坂本と電子音やエフェクトをコンピューターで生み出すカールステンは、パフォーマンスの共演では常に即興演奏を重視していた。
とりわけ、自然の中に佇むガラス張りの建築、〈ガラスの家〉での即興パフォーマンスは印象深い。2人はガラス面にマイクを設置し、外の音を取り込むことを計画。坂本は木琴に使われるマレットでガラス面をこするなど、雨音や建物自体をも楽器として演奏に没頭した。終盤は夕暮れ時の太陽が顔を出し、幻想的な光景に包まれたという。
「言葉を交わす必要がないんだ。龍一がなぜその音を出すか、そこに自分がどう応えるか。本物の以心伝心が起きると、観客も含めて会場が一体となって、永遠に演奏を続けられる感覚になる。すごいことだよね」
15年には映画『レヴェナント:蘇えりし者』のサウンドトラックをともに手がけ、音楽家として映画にどのようにアプローチするかを多く語り合ったという。坂本が手がけたサウンドトラックのどの作品が好きかを尋ねると、「『シェルタリング・スカイ』や『戦場のメリークリスマス』はもちろん好きだけど」と前置きをして、『御法度』と『デリダ』の名を挙げた。
「誰もが知る作品ではないから、僕の秘密のベストサウンドトラックだね(笑)。龍一は優れた旋律を書く音楽家だけど、同時に、素晴らしいサウンドで空間や世界を表現することができる人。そういった意味でも素晴らしいのがこの2つの作品」
その後、カールステンは、短編映像の制作をライフワークとして続けていた。そして、東京都現代美術館で始まる『坂本龍一|音を視る 時を聴く』で展示する作品との関連性について語った。
「彼が亡くなったあと、龍一のパートナーから、アルバム『12』のために映像を作ってほしいと依頼を受けて。展覧会では、そのために手がけた映像から2作品を出品するんだ」
その一作《PHOSPHENES》は、外的な圧力や電気的な干渉によって、閉じた目のまぶたの内側に光を感じられる「眼内閃光」に由来する。「とても自分らしい作品」だとカールステンは話す。
「目を閉じると、まぶたの内側に抽象的な光が見えるような経験があるでしょう。それは美しい抽象的なイメージだけど、どのような映像なのかを描写することが難しい。そのイメージを基に、光の動きを映像にしたのが《PHOSPHENES》なんだ。
意識と無意識の中間にあるような、あるいは夢か現実か区別がつかないような世界を表現したいと思ったんだ。起きているのか眠っているのかわからないような状態で思い浮かぶイメージというのは、アーティストにとって重要なインスピレーションになる。目に見える現実の世界とは違って、視覚化するためには想像力と創造力の両方を必要とするからね」
そして、もう一本の作品、《ENDO EXO》は、より現実的な作品だと説明する。「ジュール・ヴェルヌのSF小説(『海底二万里』『神秘の島』)の登場人物、ネモ船長から着想したスクリプトを僕は何年も書き綴っていたんだけど、それをベースに手がけた作品で。博物館で動物の骨格標本を撮影して、龍一の音楽と組み合わせて編集したんだよ」
世界を旅するネモ船長が、人類はどのように動物を観察し、世界を知り、知識を蓄えていくのかを学んでいく物語。しかしそこには、矛盾が潜んでいる。博物館に展示された標本の数々は、人類の知性の欲求としての象徴でもあるという。実は、この2本の作品は、坂本と「いつか長編映画を一緒に作ろう」と話していたアイデアに結びついている。坂本の存命中に協働することは叶わなかったが、坂本は映画への参加を心待ちにしていたのだという。カールステンからは、その映画を完成させたい強い意欲が伝わってくる。
「動物の命を守り、動物たちの権利を尊重する視点に立つと、人間の“知的”な行動だって地球環境にはポジティブなものだとは言い切れないよ。龍一とは、環境問題への意識を共有しながら、人類が抱える矛盾についてもよく話していた。この映画のアイデアは龍一とのそんなやりとりの中から生まれたんだよ」
コラボレーションは今後も継続する
構想中のその映画のタイトルは、映像作品と同様に『ENDO EXO』なのだという。ギリシャ語で「内部」を意味する「ENDO」と、「外部」を意味する「EXO」。カールステンはこの映画を通して、生命についての問いを投げかけたいと考えている。
「龍一が『12』を完成させる前に、彼からはこのアルバムで何かを一緒にしようと言われていたんだ。それが、僕たちの最後の会話となった。でも、彼のトラックを基に制作した映像は、以前からアイデアを持っていた映画の一部になっていく。他界したあとも龍一とのコラボレーションはずっと続いていくんだ」